禅は行為といいながら
冒頭の言葉であります。
「禪は行為である、生活である、日日の経験そのものである、日用光中の行住坐臥である。
それで「平常心是道」とも云い「日日是好日」とも云う。
吾等人間も他の生物のように生活して行かなくてはならぬのである。
それで誰にもかにも最も切実に親しいことは、饑えて食い、渴して飲むことである。
しかしそれは誰がするのか。
それから「おい」と呼べば「はい」と答え、知ったものに逢えば、適宜の挨拶を交わす。
褒められると喜び、謗られると腹立てる。
而してそれは誰の行為か。
それからまた自分には親があり、妻があり、子がある。
それが次から次へと、生れて出たり死んで行ったりする、どこから生れて来るか、どこへ死んで往くのかと尋ねたくなる。
こんなような事象が、日常茶飯事だと云ってすまされぬところに、禅が擾頭して来る。
此処に概念的把握とか原理的構成など云うことが出て来よう。
が、禪の生命はそんな風に何かの媒介で日常経験を解釈しようとするところにないのである。」
と書かれているのです。
格調の高い文章であります。
禅は行為である、概念的把握とか原理的構成などというところに禅の生命はないのであります。
最近新しく禅文化研究所から出版された『文字からはじめる禅』を読んでいて、「禅宗のおける釈尊」というコラム記事があることに気がついて拝読していました。
とても興味深い内容です。
そこに私も存じ上げない問答が載っていました。
問答の部分のみを『文字からはじめる禅』から引用します。
「釈尊は、食事の時間が近づいたある日、阿難に「街に入って托鉢しなさい」と指示した。
阿難が「はい」と応えたところ、釈尊は「托鉢するからには、必ずや過去七仏の儀式に依らなければならない」と言う。
そこで、阿難が「過去七仏の儀式とは、如何なるものでございましょうか」と問うと、釈尊は「阿難」と喚んだ。
阿難は「はい」と応えた。釈尊は言った、「托鉢に行ってきなさい」と。」
という問答であります。
これはまさしく禅の問答そのものであります。
この論説の中でも、「禅宗においては、釈尊もまた、古今の禅僧と同じ地平に並び立つ祖師の一人として捉えられてきたのである」と書かれている通りであります。
禅の教えを標榜する言葉として
「教外別伝 不立文字 直指人心 見性成仏」という言葉があります。
『文字からはじめる禅』には、いろんな禅語の解説もついているので、とても参考になります。
この言葉に対する解説を引用してみます。
「禅の真義は経論や文字によっては理解できない、ずばりと心そのものをつかみ、自己の本性を徹見することで悟りを得た仏となることができるのだ」という意味。
禅の宗義を簡潔に四句にまとめたもの
四句がセットで使用されることは少なく、賛寧(919-1001)の『宋高僧伝』中に「直指人心、見性成仏、不立文字」の三句の用例もあるが、前半の二句もしくは後半の二句だけの形で用いられることが多い。
禅録では特に後半二句の使用例が目立つ。
古来、達磨の語とされるが、禅が思想的に確立した後に成立した語であろう。
後半の「直指人心、見性成仏」の句については、黄檗希運(?-850頃)の『伝心法要』の末尾に見えるものが最初であるとされる。
また、「以心伝心、不立文字」などの形で使われることも多い。」
と書かれています。
しかしながら、文字によらないといいながら、その文字にならない世界を表そうとして禅の世界ではたくさんの書物が残されています。
文字に表され、書物になるとそれにとらわれてしまうのも世の常です。
臨済禅師が
「当今の修行者が駄目なのは、言葉の解釈で済ませてしまうからだ。
大判のノートに、老いぼれ坊主の言葉を書きとめ、四重五重と丁寧に袱紗に包み、人にも見せず、これこそ玄妙な奥義だと言って後生大事にする。大間違いだ。」
と説かれているのもその通りです。
しかし、そんな中でも祖師は師の言葉を書き残してきたのでした。
『文字からはじめる禅』にこんな話が書かれています。
「雲門〔文偃〕和尚は、雲〔が湧き起こるか〕のように〔盛んに〕法を説いたが、人がその言葉を記録することを嫌い〔許さず〕、〔記録している者を〕見れば、必ず罵倒して追い出し、「自分の口を使わずに、私の言葉を記すとは、後日、必ず私を売り飛ばすに違いない」と言った。
今ある〔『雲門録』の〕対機や室中の記録は、皆な香林・明教〔という弟子〕が、紙で衣を作り、あちこちで聞いた〔師の教えを〕、即座に書き付けたものである。」
というのであります。
そのようにして問答の記録が残り、祖師の言葉が残されてきています。
言葉は更に文学を生み出します。
鎌倉時代の後期から、室町時代にかけて五山派の僧たちによって作られた漢文学を五山文学と呼んでいます。
それからその言葉を書にしています。
禅僧の書を墨蹟といっています。
もともとは印可状や、法語、手紙などでありました。
『文字からはじめる禅』には、「墨蹟」について、
「「墨蹟」は室町時代後半よりいわゆる「茶掛け」として、茶道の世界で不可欠な飾りの道具となり、特に大徳寺僧の墨蹟が尊ばれていく。
虚堂·宗峰·徹翁義亨(1295-1369)·一休らの墨蹟が茶事に用いられ、さらには沢庵宗彭(1573-1645)ら近世の大徳寺住持がまた得意とした、いくつかの大きな文字を縦一行で記す形式は巷に流行し、現今でもよく揮毫される「一行書」の直接的な源流となった」と書かれています。
「禅は行為である、生活である、日日の経験そのものである」、文字によらないと言いながらも、祖師の言葉を残し、それを書にして尊んできているのです。
『文字からはじめる禅』からはいろんなことが学べます。
横田南嶺