ハワイの人と坐る
マウイの夜は暗いのです。
マウイのお寺に泊まって、翌朝はいつもの習慣で3時頃には起きるのですが、外は漆黒の闇であります。
街灯がありません。
ふくろうなどの野鳥を守る為に、街灯をつけないのだとうかがいました。
そうすると実に真っ暗なのです。
その分、星がきれいです。
ですから早く起きても外を散歩するというわけにはゆきません。
部屋でいつものように五体投地の礼拝や坐禅をしていました。
ようやく明るくなるのが、午前6時半頃であります。
海岸を歩くと、大きな亀が四匹も浜辺でゆったりとしていました。
三メートル以内に近づかないようにということでしたので、遠巻きに眺めていますと、朝ようやく目が覚めたのか、ぱっちりと目を開いてくれました。
この亀に近づかないようにという決まりはいいものだと思いました。
保護するということは、何もかわいがることではないのです。
野生の生き物ですので、野生のままがいいのでしょう。
そっとしておく思いやりという言葉がありますが、触れずに近寄らずにそっとしておくという保護もあるのです。
はだしになって、砂浜をしばし歩いていました。
現地の方は皆明るく親切で、声をかけてくれます。
そうして午前7時半からの坐禅に参加しました。
羽賀浩泉さんが、こちらのマウイの開教院に赴任なされてから、毎朝の坐禅と朝課を行っているそうなのです。
その日も十数名の方が坐禅に来ていました。
私も本堂の片隅で坐らせてもらいました。
羽賀さんは流暢な英語で、皆さんに簡単な体操を指導して、そのあとしばし坐禅をします。
坐禅のあとは、般若心経を皆で唱えます。
ローマ字表記された般若心経が配られていて、それを唱和します。
そして大悲呪や甘露門というお経をあげます。
こちらは羽賀さんが一人で読まれています。
最後に四弘誓願を三回唱和します。
これは英語で唱えています。
FOUR INFINITE VOWS
All beings without limit I vow to carry over;
Kleshas without cease I vow to cut off;
Dharma gates without measure I vow to master;
Buddha’s Way without end I vow to fulfill.
限りなき一切の衆生を、私は誓って済度せん。
絶え間なき一切の煩悩を、私は誓って断ち切らん。
測り知れぬ一切の法門を、私は誓って体得せん。
限りなき仏道を、私は誓って成就せん。
というものです。
その日の午前中は今回の唯一の観光の時間で、ハレアカラという山に登りました。
この山は三千メートルもある山であります。
有り難いことに車で登れます。
頂上の手前から少しだけ歩いて登りました。
雲海が下の方に広がっていてとても素晴らしい眺めでありました。
午後からはマウイ禅堂の方々と交流しました。
マウイ禅堂というのは、日本の三宝教団の系統に連なる方々の坐禅会であります。
三宝教団とは、ただいまは三宝禅と申します。
曹洞宗の原田祖岳老師の法を受け継がれた安谷白雲老師が開かれた禅の教団であります。
原田祖岳老師は、曹洞宗の僧侶ながら臨済の公案禅にも参じられた方です。
安谷白雲老師が、アメリカやハワイでも布教をなされています。
安谷老師のあとは、山田耕雲老師が引き継がれました。
鎌倉の長谷にある自宅を禅堂として指導しておられます。
山田耕雲老師に師事されたのがエイトケン老師であります。
このエイトケン老師に師事され、そしてエイトケン老師の教えを受け継がれたネルソン老師について修行をされたのが、マイケル老師であります。
交流会では、はじめにマイケル老師と小一時間懇談させてもらいました。
すでに七十半ばの方であります。
出家した僧侶ではなく、在家として生活しながら禅の修行をなされてきた方です。
ハワイではホノルルにダイヤモンドサンガが開かれています。
マイケル老師もこのダイヤモンドサンガでいつもご指導なされています。
マウイには月に一度ほどお越しになって、この開教院を使って指導されているとのことでした。
マイケル老師は、もう日本で修行したり、或いは日本人の老師について修行されたわけではありません。
日本人について修行されたエイトケン老師、そしてそのエイトケン老師に師事されたネルソン老師について修行をなされたのです。
こうしてアメリカに禅が定着しているのだと感じました。
マイケル老師は、法衣に絡子をかけておられました。
接した感じでは、素晴らしい人格者だと思いました。
公案も用いて指導されていますので、独参も受けられているとのことです。
いろんな話を伺いましたが、摂心で坐ることと共に歩くこと、ハイキングも行うそうです。
何時間もただ黙々と歩いて禅定を練るということです。
ハワイでは独自に禅が根付いていると感じました。
マイケル老師と懇談したあと、マウイ禅堂の方々二十名ばかりと一緒に坐禅と経行をさせてもらいました。
坐禅会は、とても如法で厳格に行われていました。
質疑応答の時間が設けられて、アメリカの禅として日本から学ぶべきことは何かと問われました。
禅は中国から日本に伝わり独自の発展を遂げました。
茶道や枯山水の庭など、中国にはなかったものを独自に作ってきました。
中国の禅は日本で独自に発展して定着していますので皆さんもアメリカ独自に発展されたらよいと思いますと伝えました。
あまり日本のやり方にこだわる必要はないと思います、日本の禅は衰退していますのでと申し上げました。
しかしマウイ禅堂の皆さんは日本の禅を尊敬してくれていていろんな作法を学び受け継ぎたいとおっしゃっていました。
ゆったりとのんびりとしたマウイの方々なのですが、その中で暮らしていくにはいろんな悩みや苦労もあるのだろうと思いました。
そういう時にはやはりきちんとした作法に則った修行がよりどころになるのだろうと察しました。
マウイの方々と共に坐禅が出来て有り難い法縁でした。
横田南嶺