挨拶負けしない
最後に修行僧たちとの懇談会をしました。
修行僧からいろんな質問があり、また栗山さんからも修行僧に質問がありました。
栗山さんからの質問に、二十年後どんな自分になっていると想像しているかというのがありました。
何人かの修行僧がよく答えてくれていました。
答えた修行僧は、お寺の跡取りの方なので、二十年後というと、ほぼ間違い無くご自身の生まれ育ったお寺の住職になっています。
そこで、どんな住職になっているか、お寺をどのようにしてゆきたいのかということを語ってくれていました。
中には、もっとこの今を感じて感謝しながら生きていられるようになりたいという者もいました。
星を見れば星がきれいだと心から感動して生きられるようになりたいというのでした。
これもまた素晴らしい答えでありました。
修行僧の答えを聞きながら、果たして自分ならどうだろうかと考えていました。
今から二十年後というと、自分はもう八十歳になっています。
はたまたその頃はどんな自分なのか、生きているのかどうかも、自分でも想像ができません。
生きていれば八十のおじいさんになっていることは確実なので、せめてあまり周りに迷惑をかけないような年寄りでありたいくらいしか、思い浮かびません。
また修行僧の頃に、この質問をされたらどうだろうかと考えてみました。
今の修行僧たちのように、きちんと答えられるかと思うと、とても覚束ないのです。
その点は今の修行僧たちは、少なくとも、自分の修行時代よりは偉いなと思っていました。
修行時代に、将来自分が修行道場の指導者である師家になるとか、或いは管長になるとか、そんなことは夢にも思ってみませんでした。
何になるかとか、どんな自分になるかとか、考える余裕もなくただただ毎日の修行が精一杯でありました。
今日のことで精一杯、今日が終えようとすると、もう明日を考えるので精一杯の日々だったことと思います。
とにかく毎日頑張って修行して、途中で倒れてしまえば、本望だと思っていました。
それだけの日々でありました。
それが今から二十六年前に師家になるように師匠から厳命が下って、思いがけなくも指導する立場に変わったのでした。
指導者になるなど、とても自分はその器でないと思いながらも、これも新たな修行だと思って勤めてきました。
それが十五年前に、円覚寺派の管長になるようにという話になって、お引き受けしたのでありました。
どれも修行だと思って取り組んでいるだけであります。
そこで今も
いざ行かん 雪見にころぶ ところまで
という芭蕉の句を胸に刻んでいるのです。
倒れるところまで、転んでしまうところまで走ればいいと思っています。
そして雪の中に埋もれてしまうだけのことです。
雪は仏心でもあります。
行き倒れになるところまでやってあとは仏心の中に埋もれるだけだと思っています。
そんな将来性もなにもない暮らしをしながら、今日まで勤めてきました。
修行僧たちの答えを聞きながら、偉いなと思っていました。
栗山さんが修行僧から、監督として今まで一番印象に残った試合はどれですかと聞かれていました。
これは即答されていました。
それはファイターズの監督五年目の二〇一六年、二度目のリーグ優勝を果たし、日本シリーズを制して日本一になった年のことでした。
この年、ファイターズは六月の時点で首位を走っていたソフトバンクに11.5ゲーム差をつけられていたのでした。
ヤマ場の三連戦で「1番、ピッチャー、大谷翔平」という思いがけないことをなさったのでした。
「普通にやっていたら流れは変わらない。思い切ったことをやるしかない」と思ったのだとおっしゃっていました。
大谷さんには「いきなりホームラン打って、ゆっくり帰ってきて、1対0で完封すれば、それで勝ちだから」と告げたそうです。
大谷翔平さんは
「ホームラン打ってきまーす」と言ったそうです。
そしてその通りホームランを打って、結局その試合に勝ったという話でした。
栗山さんは「信じ切る」とよくおっしゃいますが、11.5ゲーム差をひっくり返して優勝するとご自身で信じ切っていたのでしょう。
人は何かのきっかけと、その環境と、周りの人の愛情とで大きく変わることができるのだと話してくださいました。
それから「日本ハムの監督時代、色々な人の名言を監督室に貼ってはまた新しい言葉に変えたりしていたと本に書いてあったのですがずっと残してあった言葉はありますか?」という質問に、栗山さんは、一番変わることのない言葉は「挨拶負けをしない」ことだと答えられました。
監督時代に、コーチにいつも言っていたのは、「あいさつ負けしないでくれ」とうことだったそうです。
あいさつは目下の人が目上の人にするように思われますが、栗山さんは逆だというのです。
まず目上の人が下の人にあいさつをするのです。
そうしたら空気は和むし会話も始まるというのです。
そんなような当たり前のことを現場でお願いしていたという話でした。
これには私も心打たれました。
栗山さんは一日修行道場にいて、何回挨拶されていたのか数え切れないほどでした。
ことあるごとに若い修行僧たちに「有り難うございます」「すみません」「よろしくお願いします」と頭をさげておられました。
栗山さんにお茶を出していた修行僧は、お茶を出すたび毎に、丁寧にこちらを見て頭をさげて「ありがとうございます」と挨拶されるのに感動したと言っていました。
そんな姿に人は心打たれてゆくのだと学びました。
横田南嶺