朴の森へ
思えば、このたびの講演には長くてさまざまなご縁が重なったものでした。
もとをたどれば鍵山秀三郎先生とのご縁になります。
致知出版社のセミナーでご講演を拝聴したのはもう十年も前になります。
控え室でご挨拶したのですが、その居ずまいの端正さ、礼の美しさ、謙虚な姿勢、そしてその穏やかな笑顔にこころ打たれました。
大企業イエローハットの創始者であり、日本を美しくする会の創始者であり相談役であります。
今も日本を美しくする会の方々は、鍵山先生のことを「相談役」とお呼びしています。
森信三先生の御高弟である寺田一清先生の合同読書会が円覚寺で開催された時には講師として円覚寺にお越しいただきました。
また円覚寺の夏期講座でもご講演いただいたこともあります。
それからPHP研究所の企画で、鍵山先生との対談本を出させてもらっています。
これは合計五回にわたり、のべ三十六時間も対談させてもらったのでした。
これは私の人生にとってもとても大きな学びでありました。
その対談は、ただいま『二度とない人生を生きるために いつでもどこでも精一杯』という本になっています。
この対談が行われる前、平成二十七年の十月に先生は大病を患われました。
長い入院を終えての対談となりました。
初めは円覚寺までご足労いただいたのでした。
その時のことも覚えておりますが、そんな大病をなさった後とも思えないたたずまいで感服したのでした。
これが第一のご縁であります。
そんなことから鍵山先生のご子息である鍵山幸一郎さんともご縁が結ばれました。
ご病気療養中の為に、直接鍵山先生にお目にかかることは難しくなって、ご子息の幸一郎様が円覚寺を訪ねてくれるようになりました。
そこで、円覚寺では長年一般の方々が坐禅するための施設である居士林を建て直すことになっていました。
居士林は、もと都内にあった柳生流の剣道場であった建物を昭和三年に寄贈していただき、移築したものです。
それがやはり今日の耐震の基準にはあわず、また建物も老朽化したことから、改築も検討したのですが、新たに建て直すことになったのです。
今までの居士林も趣のある建築でありましたが、やむなしとの判断をしました。
その居士林の資材を鍵山さんが使ってくださることに話がすすんだのでした。
いろいろとご検討なさったようなのですが、山口の鍵山記念館のある朴の森に使ってもらうことになりました。
移築というよりは、その居士林の資材の一部を活用した建物ができたのでした。
しかし、居士林を彷彿とさせる建物であります。
それができあがったというので、記念の講演をさせてもらいました。
私にとっては初めての山口訪問であります。
イエローハットの山口にある物流センターには、坂村真民先生が揮毫された二度とない人生だからの全文が彫られた石碑があるとうかがっていました。
全文は長いので、そのすべてを書いたものは少ないのです。
今回初めてその石碑も拝見しました。
写真では拝見していましたが、実際の石碑は想像したものよりもはるかに大きく迫力のあるものでした。
そして朴の森を訪ねました。
外観もかつての居士林を思い起こさせます。
玄関に入ると居士林の下駄箱がそのまま使われていました。
中に入ると仏壇がそのままでした。
柱はとてももたないものでしたので、今回はしっかりとした柱に替えてくれています。
懐かしい思いで話をさせてもらいました。
お集まりになっている方はやはり鍵山先生の日本を美しくする会に関わる皆さんでした。
私も存じ上げている方が何名もいらっしゃいました。
日本を美しくする会の会長だった田中さんには久しぶりにお目にかかりました。
今の会長ともご挨拶させてもらいました。
圧巻は、耕心の里という、新潟県糸魚川市から移築した300年前のお寺の庫裏です。
写真では拝見していましたが想像以上に大きな建物でした。
よく移築されたと感服します。
そこにたくさんの坂村真民先生の書がございます。
朴の森というのも、真民先生が愛された朴の木にちなみます。
朴の森にはもともとあった朴の大木もあり、その後植えられた朴の木もたくさんございます。
鍵山先生は、坂村真民先生や相田みつを先生と親しくされていましたので、真民先生のたくさんの書をお持ちなのです。
「念ずれば花ひらく」のとても大きな書も迫力のあるものでした。
それから一隅の里という食事をいただくことのできる施設もあります。
そして鍵山記念館があります。
ここで鍵山先生のたくさんの著書や鍵山先生ご推薦の草取りの鎌など買えるのです。
一時間ほど講演させてもらい、その後、一隅の里で皆さんと会食させてもらいました。
一隅の里のお料理は地元のお野菜を使った、とてもおいしいものでした。
新しい建物は「慈愛の里」と私が名をつけさせてもらいました。
これから幼稚園として幼児教育の場に使われるとのことであります。
楽しみであります。
山口に向かう新幹線の車中で鍵山先生の本を読み返していました。
『エピソードで綴る 鍵山秀三郎の美学』を読んでいました。
そのなかに鍵山先生が嫌う三つの主義が書かれています。
便宜主義と、形式主義と、小市民主義です。
便宜主義とは、「とりあえずこれでいいか、という便宜的な取り組みが、組織崩壊の元になります」というのです。
形式主義とは「人間は、形だけ整えていると、実際はやっていなくても、そのうちやったつもりに錯覚してくるものです、実はこのことがもっとも怖いことになります」というのです。
そして小市民主義とは、鍵山先生の言葉によると、
「いまの世の中を悪くしている元凶は、『自分さえよければ』という考え方が蔓延していることです。
こぢんまりと、自分の幸せだけを追い求める人。そういう人が、真の幸せを得られるはずがありません」というものです。
どれも考えさせられる教えであります。
改めて鍵山先生の言葉を学びながら朴の森を訪ねることができました。
横田南嶺