身体が喜ぶ坐禅 – イス坐禅のすすめ –
思えば、都内の会議室で、イスで坐る坐禅会を行ってみようと思い立って、六月に始めて毎月一回、十二月で第七回を終えました。
有り難いことに、なんと九割がリピーターなのであります。
都内の会議室を借りますので、費用がかかります、参加費が安くはないのです。
はじめは、こんな値段でいったい誰が来てくれるのかと思ったのですが、毎回満席なのであります。
お寺での坐禅会がいいのは言うまでもありません。
自然の中で坐れます。
また寺の本堂などの建物は、何百年にもわたって、坐禅や読経を行ってきていますので、その中に身を置くだけで、身体も心も調うのであります。
しかし、都会でお仕事をなさっている方にとっては、それは日常ではありません。
非日常であります。
月曜から金曜まで一所懸命にはたらいて、土曜や日曜を活用して、お寺で坐禅をして非日常を体験するというのもいいものです。
決して悪いものではありません。
それで身も心も調ってきます。
また頑張ろうという気持ちにもなれるものです。
しかしながら、私たちが学んでいる禅は、日常のなかにあるものです。
ことさらに特別なことをするのではなくて、日常の営みこそが禅なのであります。
日常の中の禅を実践してもらおうと考えますと、普段畳の上で仕事をしている人というのは、極めて稀なのです。
皆イスに坐って仕事をしているのです。
いや、今やお寺の行事でもイスが多くなってきました。
イスで坐ることが日常なのです。
イスで坐れるようにすることが大事だと思うようになりました。
しかし、イスで坐るというのは、楽なことのように思うかもしれませんが、実は難しいのです。
畳に正坐をしたり、結跏趺坐など足を組んで坐った方が安定します。
イスに坐るのは不安定であります。
不安定な中でどう調えて坐るかというのは、かなり難しいのです。
難しいので、イスの上ではすぐに姿勢が崩れてしまいがちなのです。
それから会議室のようなところで静かに坐るというのも難しいのです。
なかなか落ち着きません。
お寺の環境とは大いに異なります。
それでも敢えて、その会議室の中で坐ろうと試みたのであります。
お寺ですと自然を感じることができます。
庭には木々が植わっていて、木々を通って風が吹いてきます。
ビルのなかでは、そんな自然はないのです。
禅はやはり大自然の中で大自然と一体になる修行であるといってもいいのです。
会議室では自然は見当たりません。
あるのはお互いの身体のみなのです。
そうすると如何に自分の身体という大自然を感じてもらえるかが大切になってきます。
そんな次第で、敢えて落ち着きにくい会議室で、敢えて安定しにくいイスでどう坐るか、この坐禅会に挑戦してみようと思い立ったのでした。
そしてこういう中で坐ることができてこそ、はじめて日常の中での禅になると思うのであります。
それから、今まで自分で身体のことをずいぶん探求してきました。
ヨガは早くから習いましたし、真向法や、さまざまな整体を習ったりしてきました。
オステオパシーなども体験してきました。
いろんな先生に教わってきました。
そうして教わったことを少しでも人さまに還元したいと思ったのであります。
いろいろ学んできたことから自分なりに工夫して試みてきたのでありました。
まずやってみて自分が心地よく坐れないと相手に伝わるはずはありませんので、自分でイスでどう坐るかを工夫してきました。
工夫に工夫を重ねて、どうしたらイスの上で安定して坐れるか、自分なりのプログラムを作成しました。
坐るようになる身体を作るのに四十分から五十分かけています。
首や肩、足首などをゆるめることが大事です。
首や肩がこわばっていては落ち着きや安らぎは得られません。
足がしっかり地についていないと安定はしません。
まず少し身体を温めながら、首や肩をほぐしてゆきます。
それから紙風船を使って、身体の体幹が調うことを実感してもらいます。
これは効果覿面なので、毎回使用しています。
今回は、南禅寺派の月洲寺の河又和尚が参加してくれていましたので、早速実験台になってもらって、紙風船を使うことで体幹が調うことを体験してもらいました。
それから今回は新たに教わった紙風船の使い方も実践してみました。
これがまた皆さんには好評だったようです。
それからゴルフボールを使って足の裏を刺激します。
特に拇指球、小指球、踵の三点を刺激します。
踵と土踏まずの境目あたりの点を刺激します。
そして足で地面を踏む、三点で立つことを実践しました。
そのあとでようやくイスに坐って足首を回し、足の指を回しました。
私のイス坐禅の特徴は跣になることにあります。
会議室は綺麗に掃除されていますが、タオルを用意してその上で跣になってもらいます。
人は靴を脱ぐだけで表情がほころぶのだと聞いたことがあります。
会議室で平日夕方から行いますので、スーツ姿のまま参加される方もいらっしゃいます。
まずは硬い靴を抜いで足をほぐしてもらうと身体が調います。
足を調えた上で、肺の呼吸筋を動かしました。
胸の前、左側、右側、そして背面と大きく伸ばして息を吸い込む運動をしました。
これで息がしやすくなります。
さらに横隔膜を動かして上下にも肺が膨らむようにしました。
それから仙骨を調えます。
そして今回はじめて私が最近考案した首の体操を行いました。
首の調い方で坐禅の質がずいぶんと違ってきます。
そうしてようやく姿勢が出来てきます。
これだけで四十分はかかってしまいます。
それでもこうして調えると皆さん一様に良い姿勢になっています。
心地よさを感じる姿勢なのであります。
それで坐ってもらうと皆さんからは「気持ちいい」「もっと坐っていたい」「このままでいたい」という感想が聞かれました。
それから少し臨済録にまつわる話をしました。
今回は十二月ということもあって、臘八摂心の修行から、お釈迦様の難行苦行の話をして、お釈迦様の悟りと臨済録とが通じていることを話をしました。
それから最後にもう一度坐りました。
今度はもうかなり姿勢は調っているので、足の裏から呼吸をすることを意識してもらうようにしました。
かくして毎回二時間があっという間に終わるのであります。
感想をうかがうと、身体に芯が通った感じがするという方がいらっしゃいました。
これは有り難いことです。
まさに芯が通って坐って欲しいのです。
芯が通ると、他の力は抜けるのです。
力を抜きましょうといって抜けるものではないのです。
会議室の中ですが、皆で心地よく坐っていると、この部屋の中がまるで深い森の中にいるような静けさを感じることができるようになりました。
今回もホトカミの吉田亮さんが参加してくれました。
吉田さんが、前回参加してこんなに良い、イスの坐り方はない、自分のこれからのイスで坐るのが変わると思ってくれたらしいのですが、しかし、実際に仕事場で行っているとすぐに崩れてしまうのでどうしたら良いかと質問をしてくれました。
残念ながらこれはその通りなのです。
特にデスクでパソコンで作業をするような時には姿勢はすぐに崩れてしまいます。
また崩れた姿勢で何年も過ごしていたので、そのよくない姿勢が身体に染みついているものです。
もちろん、日常の中で足の裏を調えたり、首や肩をほぐすことなども務めて欲しいのですが、やはりこうして皆で坐ることがいいのです。
そこで、毎回イス坐禅に参加しましょうと答えたのでした。
みんなで坐ると深く坐ることができます。
そうすると身体が喜んでくれます。
身体が喜ぶような坐り方をすると、今度は身体が教えてくれるようになります。
普段は頭が司令塔で、身体は機械のように思っているかも知れませんが、身体は偉大です。
身体が心地よい坐り方を覚えてくれると身体が今度は導いてくれるようになるものです。
今回もまず私自身が深い静けさの中で、よろこびの中で坐ることができました。
一日の疲れも取れました。
この心地よく坐る坐禅、身体がよろこぶイス坐禅をこれからも続けてゆこうと思っています。
横田南嶺