あたりまえの尊さ
甲野先生との対談は、ノスという企画で、これからの教育というのがテーマでありました。
この対談を西園先生も拝聴なされるというので、それでは午前中に講座をお願いしましょうということになったのでした。
というわけで、いつものは午後から西園先生にお越しいただいて三時間の講座を行ってもらっていましたが、今回初めて午前九時から正午までお願いしました。
今回は、二ヶ月ぶりになったということもあって、もう一度足裏三点を徹底的に指導してもらいました。
拇指球、小指球、踵の三点で立つのです。
この感覚を常に失わないようにしておくというのです。
最初に各自自分が拇指球、小指球、踵だと思っているところに小さなシールを貼るように言われました。
各自自分の思うところにシールを貼ると、かなり各自バラバラであります。
拇指球といってもそれは親指の下の所ではないのです。
このあたりについては、私もずっと学んできましたので、かなり理解できていると思っていました。
それから今回は、各自の身体も見てくださって、それぞれ膝に問題を抱えている人にはどうしたらいいのかということについても丁寧に指導してくださいました。
そんな中で、少しO脚の方がいて、それを調える為のワークを行ってくださいました。
O脚でないとそんなに効果を感じないかもしれないと仰っていたので、私自身はO脚ではないと思っていますから、どうかなと思って行ってみました。
ところが、そのあと、実に立つことも歩くことも、軽くなったので驚きました。
そのことを先生に告げると、やはり普段から坐禅をしていると、どうしても足が外に開いてしまうのだそうです。
無意識のうちに、外に開いているので、時には内に向ける動きを行うとよいと教えて下さいました。
足の裏を手のひらで握ると、今の季節ですと足が冷えていますので、冷たく感じます。
冷たく感じるというのは、手で足を感じているからなのです。
そこで足で手を感じるようにと指導されました。
理論的に考えれば、足よりも手があたたかいのですから、あたたかく感じるはずなのです。
ところが、足は鈍感ですから、足で手を感じるというのが難しいのです。
それでも根気よくじっと感じるようにしていると、少しずつ手のあたたかみを感じるようになってくるものです。
西園先生は、足の冷たさが手に入ってきて、手のあたたかさが足に入ってくると仰っていました。
だんだんひとつになってゆくという感覚でした。
こうしたワークをおこなっていると足の裏の感覚が芽生えてくるのです。
そうしてこそ、足裏の三点を意識できるようになってゆきます。
このような足の裏の感覚に目を向けるというのが、地味のようで、本質に目を向ける学びであります。
ただ地味なだけに根気がいりますし、繊細なだけに難しい側面もあります。
最後の方で、今回はじめて音楽を取り入れて全身で身体を動かすということを行いました。
こういうのは誰しも見よう見まねで出来るものです。
地味で繊細なことに比べると、楽しくやりやすいものです。
そうして形をまねているだけでも身体の内部で変化が起きてくるものです。
足裏三点を更に明確に意識し、O脚とまでいかないにしても内に向ける動きの必要性を学ぶことができました。
午後からは、甲野善紀先生にお越しいただきました。
対談であらかじめ出されていたテーマは、
「円覚寺にゆかりのある、梅路見鸞、山岡鉄舟居士について」
「科学が宗教に取って代わった現代において、これから何をしていくべきか、これからの教育と関連して」
「肚、丹田について。関連して肥田 春充について。」
「選挙制度について。自己顕示欲の強い人が上がっていく選挙制度についての疑問」
「死生観について」
最後に「甲野先生最近の技の気づきと禅について」で、私に体験して欲しいということでした。
ほかにも主催者からは「呼吸という重要な身体の働きについて、現代でほとんど注目されていない。私は運動の一つとして呼吸を取り入れるほうが良いと考えていますが、これからの教育と呼吸について先生方のお考えを伺いたいです。」
という依頼もありました。
山岡鉄舟についてということで、円覚寺にある鉄舟の書を三点ほど出しておきました。
富士山とかたつむりを書いた書画と、案山子を書いた画讃と、それから鉄牛機という小さな横物であります。
特に「科学が宗教に取って代わった現代において、これから何をしていくべきか、これからの教育と関連して」という問題については、この鉄牛の機について話をしました。
風穴禅師がある時の説法で「祖師の心印、状、鉄牛の機に似たり」と示されました。
「祖師の心印」とは、祖師方から代々受け継がれた最も大切な教えです。
祖師方が代々伝えてきた真理とは、まるで鉄牛のようなはたらきがあるいうのです。
鉄牛というのは文字通り鉄でできた牛です。
古来中国において黄河は、氾濫を繰り返し、人々は苦しめられてきました。
後に聖天子と称せられた禹は、特に黄河の治水に力を尽くし、大きな鉄の牛を作って水底に沈めて河の氾濫を治めたと言われています。
それに習って後代の人々も水辺の畔にそれを置くようになったそうなのです。
鉄牛のはたらきというのは、河底に沈んで、てこでも動かぬはたらきを言います。
外からは全く見えませんが、どんな流れにも動かないのです。
それでいて氾濫を治めているのです。
そこでどんな時代の激流にあっても、心の乱れを鎮め、社会の乱れを鎮めてゆくはたらきをいうのです。
今日の時代の流れは、黄河の暴流にも劣らぬ凄まじい勢いです。
科学技術の進歩はとどまることを知りませんし、政治経済の流れも予想し難いのです。
そんな中で流されないものを、心の奥底に持っておくことが大切だとお話しました。
それには、この身体を大事にして地に足をつけた学びこそが必要になると申し上げたのでした。
いろんな甲野先生の技も体験させてもらうことができました。
まさに達人の技というべきものでした。
選挙制度や死生観についてまでは時間が足らずに触れることはできませんでした。
しかし最後に甲野先生がおしゃっていたことが印象に残りました。
目の前にあるコップを手に取りながら、このコップを手に持つというはたらきだけで、たくさんの筋肉が精明に働いているのであって、それははかりしれないほどだというのです。
機械で、コップを壊さぬように、落とさぬように持つことは難しいというのです。
そんな精明なはたらきを私たちは、いとも簡単に行っています。
こういうあたりまえの動きのなかに、素晴らしさを見出すことができれば、日常の至るところに発見のよろこびがあって飽きることがないのだと仰っていました。
これは馬祖禅師や臨済禅師の仰せになっていることにも通じるかと思いました。
このようなお方は、仏道というのは、ことさらに何か特別な修行して獲得するようなものではないと説かれているのです。
臨済禅師は、仏道は修行して悟るものだという考えを否定されました。
それは業を造るだけだというのです。
日常のあたりまえのはたらきがそのまま仏の営みなのです。
誰が造ったわけでもなく精妙なはたらきを自ずと行っているのです。
稽古や修行とはそのことに気がつくことだと学ぶことが出来ました。
甲野先生には今回も貴重なお話をたくさんうかがうことが出来たのでした。
午前と午後と学びの一日でありました。
横田南嶺