深遠なる華厳の世界
小川隆先生に『臨済録』の講義をお願いして始まったのでした。
しばらくコロナ禍でオンラインで行っていましたが、この秋から麟祥院で再開しています。
九月からは、竹村牧男先生の『華厳五教章』の講義も加わって、更に小川先生の『宗門武庫』のご講義と実に有り難い勉強会なのであります。
それにしても痛感させられるのは、華厳の教義の難解なることであります。
私も遠い昔の学生時代のゼミを受講していた頃を思い起こしました。
『倶舎論』の講義を聴いていた時の感覚であります。
なにせ言葉が難しいのでなかなか頭に入ってきません。
それでも竹村先生が、静かに語ってくださる、そのお声、そのたたずまいには、理解できないにしても深淵なる華厳の響きを感じるのであります。
仏教は頭で理解するものではないと思っていますので、分からなくてもあせる気持ちは起きません。
そんな空気を感じるだけでも十分だと思っています。
今聞いて分からなくても耳に残っていて、次に生まれてくるときには、一度聞いただけで分かるようになると経典に書かれていますので、今分からなくても意味がないわけではないのです。
竹村先生のご講義のあとに小川先生が登壇してくださいました。
はじめに小川先生が学生時代に、鎌田茂雄先生や太田久紀先生のご講義を聴いても言葉が難しくて分からなかったと仰ってくださったので、あの小川先生でも難しいのだから、私などが理解できなくて当然だと安堵したのでした。
竹村先生のご講義の中でもほんの一言二言、こういうことかなと察することのできるものがありました。
「自若し空なる時は、他は必ず是れ有なるに由るが故に、自は他に即す」という言葉であります。
自身が空になると、他が有になり、自が他とひとつになるということであります。
自身が無自性、空であるからこそ、他があらわになってひとつになるということだと思いました。
竹村先生は、筑波大学で長らく教鞭をとられていました。
私は竹村先生が筑波に赴任される前に卒業していますので、直接のご縁はありませんでした。
しかしながら、竹村先生から筑波を思い起こしていました。
すると遠い過去の記憶がよみがえってきました。
只今の講義が十分理解できないと、心は遠く過去にさかのぼったりしてしまったのでした。
学生時代のことであります。
筑波大学には坐禅のサークルがあって、私はその会の代表でありました。
教育学部の教授の小野慶太郎先生という方が顧問でした。
この会の二年後輩が今の大乗寺の河野徹山老師であります。
大学には開学記念館というのがあって、そこに立派な坐禅堂があったのでした。
その坐禅堂の開単に関わっておられたのが、私の得度の師である小池心叟老師でありました。
ある時に小野先生が、曹洞宗のお坊さんをこの坐禅会にお招きしたことがありました。
橋本禅巌老師という方でありました。
私は今までいろんな老師にお目にかかってきましたが、この老師ほど強い印象を受けたことはありません。
すでに八十代の老僧でありました。
私たちが坐禅しているところに、小柄な老僧が入堂して来られて、坐禅なさったのですが、実に大きな山がそびえる様な感じがしました。
しかもその山が光耀いているように感じたのでありました。
こんな感じがしたのは、この老師だけでありました。
どれほど坐禅されたのだろうか、計り知れないと感じました。
曹洞宗では坐禅中に短い話をなさる習慣があるとのことで、坐禅の最中にお話くださったのですが、その話がまた心に深く残っています。
なんでも出家の動機について語ってくれました。
お若い頃に母を亡くされて、その悲しみからどうにもならなくなってしまったということでした。
母を亡くした悲しみ、自分もやがて死を迎える恐怖、不安にさいなまされたというのでした。
そんな中、坐禅をすれば何かあると思って、自分なりに坐禅を始めたというのでした。
坐禅しても足が痛いだけでしたが、ずっと続けるうちに、だんだんと心が変わってきたというのです。
だんだん涙もろくなってきたと言います。
更に今までいやだった仕事も積極的になってきたのでした。
履き物も自然とそろえて脱ぐようになってきたというのです。
戸や障子を開けるにも、母親に会えない寂しい気持ちでいたのが、障子を開けるのが母親の体を支えるような気持ちで丁寧に開けるようになったと言います。
今まで畳をドタドタ歩いていたけれども、畳の上を歩いても母親の疲れた足を踏んであげているような気持ちで歩くようになった、お茶碗を拭く時も母親の体を丁寧に拭っているように丁寧に拭くようになったというのです。
今まで母に会えない悲しみを感じていたのが、母親を自分の暮らしの中の随処に感じることができるようになったという話でした。
坐禅して自分が空になると、母親があらわになって自他ひとつになったのかと思ったのでした。
華厳五教章の話とはつながるわけではないのですが、遠い学生時代に接した老師のことを思い起こしていたのでした。
深淵なご講義を聴いていると、遠い昔の素晴らしい話を思い起こして、これもまた有り難いことでありました。
深い瞑想状態に入って、古い記憶がよみがえったような感じでありました。
そんな感慨にふけっていた後に、小川先生のご講義を拝聴しました。
今回は「朝に道を聞かば夕に死すとも可なり」の語を丁寧に解説してくださいました。
今度は一転して現実に戻って、楽しく学ばせていただいたのでした。
隣では、かつて筑波の後輩であった河野徹山老師も参加してくださっていました。
そのまた隣には、平林寺の老師が見えてくださっていました。
皆それぞれ立派な老師が、生徒になって学ばれる姿は尊いものです。
主伴無尽といいますが、こうして皆で学び合う世界が華厳の世界なのだと思います。
横田南嶺