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臨済宗大本山 円覚寺

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2022.09.20
今日の言葉

ブッダボット

私たち宗教界の新聞に中外日報というのがあります。

先日九月九日の中外日報の一面に

「スマホ画面の「ブッダ」と対話」

「京都大・熊谷准教授らウェブアプリ開発」

「悩み相談にAI回答」

「仏典を自動学習「生き方助言」」

などという見出しが大きく出ていました。

AIによって無くなるかもしれない職種があるということを耳にします。

スーパーやコンビニ店員は無くなるかもしれないと言われています。

たしかに先だって外出先で食事をしたところ、注文はタブレットで行い、頼んだ食べ物はロボットが運んでくれて驚いたのでした。

最後の会計だけは、まだ人間が行ってくれていて、そこで何かホッとしたものでした。

このように変わるのかと思ったものでした。

弁護士の方と話をしていて、その方は弁護士という仕事もAIにとって代わられるかもしれないと言っていたことも思い出しました。

確かに膨大な情報を暗記することであれば、人工知能の方が優秀なのかもしれません。

そんな話を聞きながら果たしてそんなものかな、それでいいのかという疑問を抱かざるを得ないのでした。

そんなことを思っていたところに、このブッダボットなるものが開発されたというのであります。

中外日報の記事によれば、

「仏典の伝統知を最先端の科学技術と融合させる研究で、注目が集まると予想されるが、有識者からは「宗教に絡む問いは会話のペースが多様。AIに適切な回答をさせるのは現状では難しい」

とも書かれていました。

記事を詳しく読んでいくと、

「開発されたテラ・プラットホームは、文字情報で問答するブッダボットにAR(拡張現実)技術を加えて視覚化したもので、スマホ画面にブッダのアバターを召喚して直接対話ができる。

入力した質問に対して、ブッダが原始仏典に基づいた回答をする」

というものだそうです。

「経典情報を機械学習(経験からの学習により自動で改善するコンピューターアルゴリズム)については京大発ベンチャー企業「テラバース」」の方が担当したと書かれていますので、本格的にアルゴリズムを利用したもののようです。

詳しくみると、

「グーグル社の提供するBERT(バート)と呼ばれる自然言語処理技術を用いて、原始仏典『スッタニパータ』『ダンマパダ』から約千の問答をAIに学習させた。

研究者がユーザーとなってフィードバックしながら精度向上に努めてきた」

と書かれています。

ただし記事によれば

「研究グループは「今後は有識者や市民と議論を重ねて開発計画をアップデートしてゆく」としており、「当面は学術利用のみで一般公開は予定していない」のだそうです。

記事の中で熊谷准教授は

「原始仏典を学習させたのは宗教的というより倫理的哲学的な内容を含むため。
『生き方の助言』として仏教徒以外の方にも使っていただけるようにしたい」

と語っておられました。

もっとも記事には、「AIに適切な回答をさせるのは現状では難しいだろう」という意見も書かれています。

「AIでは「感情を察することができない」のも理由として」挙げられていました。

「対面で接した場合は、相手が切羽詰まっているかどうか様子や雰囲気で分かるが、ブッダボットでは言語の背後にある相手の感情を読み取ることができない」とも書かれています。

最後の國學院大學の井上順孝名誉教授の言葉が印象深いものでした。

「ロボットの研究が進んだことで人間に関してこれまで知られていなかった特徴が明らかになったように、ブッダボットの利用が始まれば、僧侶たちは自分たちに不十分なものは何かを意識せざるを得なくなるだろう。

また自分たちのしていることへの新たな気付きが生まれるかもしれない」という意見でありました。

たしかにAIが開発されることによって、より一層人間とは何かということを深く学ぶことができます。

中外日報の記事には、ブッダボットの回答例が少し示されていました。

「仕事が疲れました」という質問には、

「荒々しい言葉を使い、他人を悩ませ苦しませ、まるで獣のようにふるまうことが、生活がすさみ、自分が汚れていく原因である」

という回答があり、

「人生に悩んでいます」という質問には、「人生には、 苦しみが付随する」という回答、

「コロナ禍をどう乗り越えればいいですか」には、「傲慢(ごうまん) になってはならない」

「仕事に失敗した時どうすればいいですか」には、「過去に怠けていたとしても、再起して努力した方がよい」

という回答が書かれていました。

やはりまだちぐはぐな回答になっている一面が見受けられます。

しかしこれからもっと多くの経典や書物を学習させればより一層的確な回答ができるようになることだと思います。

果たしてこうなるとお坊さんもAIにとって代られるのでしょうか。

お坊さんも廃業となるのでしょうか。

確かに書物で覚えた知識を伝えるだけのことであればとって代られるかもしれません。

こうなってくると、僧侶の本質が問われてきます。

知人は「何も語らずに示すことのできるお坊さんは残るのでは」と言っていました。

これも確かに本質を言い得ています。

そんなことを考えていると、江田智昭さんがダイヤモンドオンラインに、お寺の掲示板の良い言葉を紹介してくれていました。

真宗大谷派僧侶の安田理深師(1900~82)の言葉です。

「悩みがなくなることが救いではない。

共に悩めることが救いです」

というのです。

この共に悩めること、これこそがAIにとって代ることができない、僧侶としての本質だと思いました。

適切な言葉を瞬時に示してくれるよりも、じっと共に悩み、共に苦しんでくれる存在こそが慈悲の本質なのであります。

 
横田南嶺

ブッダボット

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