涙ぐましいまで清められる感動の一日 – はじめ塾を訪ねて –
拝見すると、はじめ塾の冊子でありました。
はじめ塾という名を見て驚いたのでした。
このところ、和田重正先生の著『葦かびの萌えいずるごとく』という本を紹介していますが、この和田重正先生が始められたのが「はじめ塾」なのであります。
その冊子をいただいて、和田先生の「はじめ塾」が今も続いていることを知ったのでした。
冊子をくださった方に、お礼と共に、是非ともはじめ塾を訪ねてみたいと申し上げましたところ、トントン拍子に話が進んで、先日はじめ塾で話をさせてもらってきました。
まず和田重正先生という方は、明治四十年のお生まれですから、松原泰道先生と同じ年の生まれです。
平成五年にお亡くなりになっています。
教育者と呼ばれますものの、独自の理念で塾を開かれたのでした。
それが今に伝わっているはじめ塾なのであります。
ただいまのはじめ塾は、十五名の中学生高校生が寄宿生活をしています。
そのほかにも小学生から通いで来ている子供もいます。
食事を大切にしていて、お米もお野菜もすべて自分たちで作っているのです。
お茶も作っていました。
寄宿している生徒の多くは、それぞれの学校に通学しているのであります。
夏には、丹沢で一ヶ月合宿を行っているようで、そこで、田んぼを作り、薪でご飯を炊き、お風呂を沸かして過ごしているのだそうです。
まるで私たちの僧堂のようなところなのですが、決定的に違うのは、明るさであります。
みんなとにかく明るくて、元気で、素直で生き生きしているのであります。
塾を訪れたときに、皆が大きな声で元気に挨拶してくれました。
玄関の履き物はみなきれいにそろえられています。
控え室で、塾長の和田正宏先生ご夫妻にお目にかかりました。和田重正先生の御孫さんであります。
それから、和田重正先生の子である、和田重宏先生ご夫妻もお越しくださっていてお目にかかることができました。
和田重正先生の教えが、そのお子様や御孫さんにまで脈々と受け継がれていることに感動しました。
和田塾長のもとに、塾長の家族と十五名の子どもたちが暮らしているのですが、どこもきれいに掃除されて整っています。
塾長さん夫婦はおそらくプライベートの無い暮らしをされているのだと思いました。
塾長さんの子供四人も皆と一緒に暮らしているのです。
控え室でいれていただいたお茶も子どもたちが作ったお茶だというのです。
なんとも香りのいいおいしいお茶でありました。
私は子どもたちに話をするのですから、お土産に懇意にしている和菓子屋さんのどら焼きを人数分持ってゆきました。
それから森信三先生の立腰の教えが書かれている『元気いっぱい立腰の子ら』という登龍館の絵本と、私が編集した『はなをさかせよ よいみをむすべ 坂村真民詩集百選』を持ってゆきました。
皆さんへのお土産にしました。
はじめに皆さんに私が今日ここでしたいことを三つ申し上げました。
まず一番には、みんなとどら焼きを食べることです。
と伝えると、この一言で皆が大笑いしてくれました。
お坊さんが衣を着て現れて何を言うかと緊張していたのでしょう。
いきなり「どら焼きを食べましょう」ですから、拍子抜けしたのでしょう。
次には、腰を立てることを伝えることです。
そして三番目に、詩を読みたいことです。
と伝えて、みんなとどら焼きをいただきました。
一緒においしいものを食べるとお互いに心が打ち解けるものです。
そして打ち解けたところで腰骨を立てましょうと話をしようと思ったのですが、子どもたちはすでに正座して腰を立てて聞いてくれています。
聞くとお能も学んだりしていて正座には慣れているというのです。
しかも後で聞くと、和田重正先生は森信三先生とも懇意でいらっしゃって、森先生はご生前にはじめ塾に何度も訪れているとのことでした。
森先生の立腰がこんなところにも生きていたと知って、これも感動したのでした。
そして、坂村真民先生の詩集百選から三つほど詩を選んで朗読して話をしました。
「鳥は飛ばねばならぬ」「バスのなかで」「二度とない人生だから」の三つだけ朗読して話しました。
どれも私にはそらで朗読できるものです。
鳥は飛ばねばならぬ
人は生きねばならぬ
と紹介して、皆さんもこれから将來「生きることの意味は何か」と考えることがあるかもしれませんが、「生きることが意味なのです」と話をしました。
生きること自体に意味がある、食べて寝るだけで素晴らしいのだと、これだけは伝えておきたいと思ったからです。
質疑応答の時間を取ってほしいと言われていましたので、十分時間を取ったつもりがそれも超過して一時間ほど質問を受けました。
みんなが一斉に元気に手をあげるので、有り難くうれしくなりました。
子どもたちの真剣な問いかけに全力で答えて一時間があっという間に過ぎました。
話を含めると二時間近くでしたが、子どもたちの正座は崩れることはありませんでした。
終わってお土産に子どもたちが精魂込めて作ったお野菜を段ボールいっぱいに頂戴しました。
それから子どもたちが作ったお茶、お味噌、梅干し、ジャムなど、それに子どもたちが作ってくれた洋菓子をたくさんいただきました。
身に余ることはこのことです。
話を終えた後に塾長さんが、真民先生の「バスのなかで」という詩の朗読を聞いて、心がすっと軽くなりましたと言ってくださいましたが、
感謝すべきは私の方でした。
「バスのなかで」の詩に、
「涙ぐましいまで
清められるものを感じた」
という言葉がありますが、元気いっぱいの子どもたちと交流できて、涙ぐましいまで清められる思いがしたのでした。
はじめ塾の子どもたちのキラキラ輝くまなざしを忘れることはできません。
和田重宏先生には、重正先生のご生前のお話や沢木興道老師の思い出など貴重な話をうかがうことができました。
その風貌たたずまいからもご人徳を感じました。
和田正宏塾長夫妻の暖かいお人柄にも感動しました。
こんな感動の一日があるから、人は生きてゆけるのだと思ったのでした。
横田南嶺