ゆったりと、どっしりと、凜然と
普段お忙しい方にはまずゆったりしてもらうことが大事でありましょう。
そこで「ゆったり坐禅会」というのであります。
ゆったり坐禅会というのは、よい名称だと思います。
がしかし、ゆったりすることも大事ですけど、ゆったりだけでは足りません。
坐禅は、ゆったりとどっしりと凜然と坐れと教わりました。
富士の山が聳えるように、ゆったりとどっしりと凜然と坐るようにということであります。
腰を立てる姿勢と、起ち上がるぞという勢いと、そして凜然とした気迫で坐るのであります。
先日の坐禅会では、岡田虎二郎先生のことを紹介しました。
岡田式静坐法といっても、今はあまり知られていないのかもしれません。
しかしながら、この岡田虎二郎先生の静坐法というのは、大正時代のはじめ頃、大いに世に流行したのでした。
私も近年、五木寛之先生と対談した折に、岡田式のことが話題になって、再認識したのでした。
五木先生の呼吸法は、かなり岡田式の影響を受けていらっしゃると感じたのでした。
五木先生のお父さまが岡田式静坐法を習っていたという話を聞いてなるほどと思ったのでした。
腰骨を立てるという「立腰」を教育に取り入れられた森信三先生も、若き日に岡田虎二郎先生の風貌に接して、影響を受けられたのでした。
岡田先生ご自身は、白隠禅師の『夜船閑話』を学んでいたというのですから、禅が大いに影響しているのであります。
岡田式丹田呼吸法なのであります。
岡田先生は、
「あえて求むるなかれ。
無為の国に静坐せよ。
坐するに、方三尺のところあらば、天地の春はこの内にみなぎり、人生の力と、人生の悦楽とはこの中に生ずる。
静坐は真に大安楽の門である。」
という実に格調高い言葉で示されています。
それから、岡田先生は、人間を頭の人、胸の人、腹の人というように、三つに分けて考察されています。
これがなかなか興味深いものであります。
「丹田が神性の殿堂である。
殿堂が立派にできて、神性が伸び、ほんとうの人間ができるのである。
人間に高下をつけると、頭を主とした人が一番下の人である。
智識を詰めこむことばかりしていて、頭ばかり大きくなって、まるでピラミッドを逆様にしたような倒れやすい人になる。
人まねくらいはできるが創作も発明も大事業もできない。」
というのです。頭の人というのは「知性」の人でありましょう。
次には、
「次に胸を主とした人、これが我慢の人である。日本古来えらいといわれた人にはこの種の人が多いが、こんなことではまだだめである。」
と説かれています。
我慢というのは、『広辞苑』には、
「①自分をえらく思い、他を軽んずること。高慢。
②我意を張り他に従わないこと。強情。
③耐え忍ぶこと。忍耐。」というような意味が書かれています。
ここでは、二番の意味でありましょう。
我見我慢なのであります。
「感情」の人と言ってもよかろうかと思います。
なんでも頑張るのですが、貫徹しないところがあるのです。
そして、岡田先生は
「下腹を中心とした人、神性の殿堂を築いて神性を伸ばした人、これが上の人である。
この人こそ心身の遺憾なき発達をとげ、力はその内部よりわき出で大安楽の心境をつくり、己れの欲するところをなして、のりを越えざるところの人になるのだ。
静坐はこの上の人となるために、物理的に最も安定した姿勢をとるので、私の示すところと一毫の違いがあってもよろしくない。」
と説くのであります。
この腹の人は、じつにどっしりとして落ち着いてしかも凜然と気力もみなぎっているのであります。
大らかで、実に慈しみ深い「慈悲」の人でもあります。
岡田先生の言葉は示唆に富みます。
「静坐の姿勢は自然法に合する姿勢だ。
五重の塔が倒れぬのは、垂直線がしっかりしていて物理的均整をたもっているからだ。
静坐の姿勢で坐っていると前後左右から突かれても倒れない。」
「体の垂直線がきまれば心の垂直線もきまって、泰然たる静寂も、不敵の胆力もこれから生まれる。」
「満身の力を丹田にこめての一呼吸一呼吸は、肉を彫刻してゆく鑿だ。」
「傲慢、横着、鬱気、疑心などはみな丹田の力の抜けた時なり。」
というようなものです。
岡田先生の説かれた呼吸法は、特に吐く息を、下腹を張ったまま、圧力をかけて長く行うのであります。
吸う方は、その込めていた力をフッと抜いて自然と入ってくるというのです。
一般に腹式呼吸というのは、息を吸うときにお腹を膨らまし、吐くときにお腹をへこませるものですが、吐くときにもへこませずに、むしろ圧力をかけて、推し出すようにして吐き出すのであります。
これが近頃、『スタンフォード式 疲れない体』にある「「IAP」呼吸法」とよく似ているので興味深く思っています。
「IAP」呼吸法というのは、Intra Abdominal Pressureの略で、日本語に訳すと「腹腔(ふくこう)内圧(腹圧)」というものです。
人間のおなかのなかには「腹腔」と呼ばれる、胃や肝臓などの内臓を収める空間があり、この腹腔内の圧力が「IAP」と言います。
息を吸うときも、吐くときも、お腹のまわりの圧力を高めて、お腹周りを固くする呼吸法のことであって、お腹周りを固くしたまま息を吐ききるのが特徴なのであります。
そうして呼吸すると体幹が鍛えられてよいのだそうです。
西洋で説かれた呼吸法が、昔の岡田式呼吸法によく似ているのが実に興味深く覚えました。
岡田式では、「みぞおちの力を抜いて、息をそろそろ出しながら丹田(臍から下の部分)に力を入れる。
息は、鼻の先へ卯の毛をつけておいても吹き飛ばすことのないくらいに静かに、もちろん鼻息が自分にさえも聞こえないように。」とするものです。
こうした呼吸法を行うと、白隠禅師の言われるように、
「常に心気をして臍輪気海、丹田腰脚の間に充しめ、塵務繁絮の間、賓客揖譲の席に於ても、片時も放退せざる時は、元気自然に丹田の間に充実して、臍下瓠然たる事、未だ篠打ちせざる鞠の如し」
という風になるのです。
いつもおへその下丹田に気を充たせていると、どんなに仕事の忙しい時でも、来客の応対をしているような時でも、片時も下腹の力が抜けないようになって、元気が自然と丹田に充実して、おへその下がまるで鞠のように、弾力のあるものとなってくるというのです。
そうしますと、自然とどっしりと凜然としてくるのであります。
横田南嶺