餅つき
二十九日に搗いたのでは、九は「く」と読むので、「くもち」「苦もち」になってよくないといい、かとって三十日に搗いたのでは、一夜飾りになってしまうということから、二十八日の未明に搗いていました。
日中は、年末の掃除などが忙しいので、夜の明ける前に、それこそ真夜中に搗いていたのでした。
ところが、私の修行時代に、修行僧が五名くらいまで減ってしまい、餅つきが難しくなってしまいました。
五人もあれば搗けそうに思われるかもしれませんが、
餅つきはかまどに火を入れる者、
といだ餅米をせいろに入れて蒸す者、
搗いた餅をこねる者、
搗く者、
手返しをする者など、
結構な人が必要なのです。
そこで近在の若手の和尚さんや、信者さんたちのお手伝いをお願いするようになりました。
そうしますと、真夜中では申し訳ないので、二十七日の夕方に餅つきを行うようになりました。
今日では、僧堂の修行僧だけで十分餅は搗けるのですが、お手伝いの方々も集まってくれています。
餅つきの習慣もお寺においてもなくなってきたということもあって、小さいお子さんを連れて、大勢の人たちがわいわい集まって、楽しく、それこそお祭りのように餅つきをおこなうようになっています。
これは、これでよろしいかと思って、例年二十七日の夕方に賑やかに餅を搗いていました。
ところが、今年は、このコロナ禍という状況になってしまい、外の方が僧堂に入るのはお断りしました。
そこで僧堂の修行僧だけで餅を搗きました。
例年のことを思うとさびしいものですが、これが元来の僧堂の餅つきだったのです。
例年は、お手伝いをいただいた方々にも、搗いた餅を差し上げたりしていましたので、ずいぶんたくさんの餅を搗いたのですが、今年は僧堂の餅だけですので、早い時間に終わりました。
私は例年手返しという役を務めています。
これは簡単なようで難しく、頃合いを見計らって、水を打ったり、まんべんなく餅になるように注意しなければなりません。
もうかれこれ三十年以上行っています。
またこれを行っていると、修行僧たちの力がよくわかります。
やはり、餅つきでも、腰がすわっていること、息が長く乱れないことなどが大切です。
これは坐禅にも通じるのです。
しっかり坐禅していると、腰もすわって、息も乱れずに搗くことができるようになってきます。
みなそれぞれ、昨年よりも一層腰も入って安定してしっかり餅を搗いてくれるようになっていますので、うれしく思ったものです。
こうして、あとは新年を迎える支度をしてゆくのであります。
横田南嶺