感謝の極みに
ーしいちゃん 総門入口にてー
今日の日曜説教会で横田南嶺老師が提唱されたことをまとめてみました。
生かされていることに感謝をしましょうといつもみなさんに申し上げて
いますが、実際に私を含めてどれほど深く感謝が出来ていますでしょうか。
感謝よりも普段の生活の中では、ほんのわずかな自分の思うようにならない
ことがあるとそれに対して不平不満ばかりを言って暮らしていないでしょうか。
ガンになり幼い子どもを残して亡くなったお母さんと手紙のやり取りをして
いました。その方の手紙に「どんな病気でもどんなに苦しくても、今、私は
生きています。それがすべての答えであります。」という言葉がありました。
私は今一度、この言葉をかみしめて、生まれたことの不思議、今こうして
生きている、生かされていることの不思議を味わってみたいと思います。
さて、お盆という行事は、目連尊者が自分のお母さんを供養したいという
思いから始まりました。目連は、お母さんが餓鬼の世界に堕ちてしまって、
それを救うにはどうしたらよいかとお釈迦様に相談されてました。
お釈迦様は、「みんなの力で供養をすれば、あなたのお母さんは救われる」
と仰せになりました。
それでは、私たちは、この話から何を学べば良いのでしょうか?
お経の話には、それぞれ深い意味があります。
最近、若い和尚さんのお説教を聞く機会があり学んだことがあります。
それは、目連のお母さんが餓鬼の世界に堕ちたということは、母親は
たとえ自分がどんなに飢えて、どんな苦しもうともわが子が立派に
成長すればよいという親の愛情、深い思いを表しているということでした。
また、母を供養することは自分一人でできない、みんなの力を合わせて
供養しなさいとお釈迦様が仰せになったのは、人は一人の力ではなしに
大勢の力をいただきながら生きていることができることを表していると
いうことも学びました。
今日、紹介した幼い子どもを残して亡くなったお母さんの思いも
目連のお母さんの思いと同じで「たとえ、わが身がどんな病気で苦しもうとも
この子だけは幸せに生きてもらいたいという一念の愛情であると思います。
あとに残された人たちは、家族や身内や近所の人など大勢の方々の力に
支えられて生きていくことができる。そのようなことの思いが込められて
いるのがこのお盆のお施餓鬼の意義なのだと学びました。
私が察するに、この若くして幼い子どもを残して亡くなったお母さんは、
ガンという重い病気に蝕まれているという、自分の置かれた状況に対して
不平不満を言わずに感謝をして受け止めたのだと思います。
そして最期の最期まで今生きていられるということに感謝を
していたのだと。
そしてその感謝の果てにきっと一つの真理に目覚めたのではないかと
思われてなりません。感謝の極みには、必ずこの愛情というものが
あふれてくるものであります。仏教の言葉では、それを慈悲と言います。
幼いわが子に対する愛、旦那さんに対する思い、育ててくれた両親に
対する愛情。それら愛情や慈悲の心は決して死にはしない、なくなりは
なない、不滅であるという真理にこのお母さんは到達したのではないか
想像されるのです。
仏心は生き死にを超えて生き通しである。仏心というと少し遠いことの
ように思いますが、お釈迦様はあたかも母親が自分の命をかけてわが子を
守るような心、そういう思いやり、いくつしみのこそ仏心であると
親切にお説きになりました。
仏心は永遠に死ぬことはなく、ずっと生き通しに生きている世界です。
それが、坂村真民先生が「私が死んでも、花が咲いていたらそれが私かも
しれない。蝶が飛んでいたらそれが私かもしれない、私はいたるところ
いろんな姿をして生き続ける」という内容の詩で表現されている世界です。
感謝の極みは、愛情の気持ち一つになる。この愛の心は死ぬことがない。
この体はたとえ朽ち果てようとも、あらゆる姿形になってわが子を守り
続けるんだとという真理にこのお母さんは目覚めたのだと私は信じたい。
こうして私たちがめぐり合うことができるということはどんなにか
有り難いことであるか。このお母さんも最期のとなる手紙にいたるまで
元気になって円覚寺に来て直接お話を聞きたいと願っておりましたが
かないませんでした。
また、もっと生きたいと思っていてもそれさえもかなわない大勢の人たちも
います。そういう中でこうして私たちは生きて生かされています。
いろいろなお世話になった人たちのことを思うのと同時に生きたくても
生きることがかなわなかった大勢の人たちの思いを汲んで、私たちは
精一杯、一日一日を生きねばなりません。それこそが亡くなった方への
一番の供養であるとしみじみと思うのであります。