快活は痛所より得る
12月12日(水) 臘八大攝心 5日目
管長様が僧堂攝心で提唱されたことをまとめてみました。
四大五蘊(しだいごうん)という見たり聞いたり覚えたり考えたり
したことのかたまりを私達は自分だと思っている。お釈迦様がお悟りを
開いたとき、「この苦しみの作り主は自分であった、この苦しみの家は
自己であった」と気付かれて、「今やこの幻の家は朽ち果てた、
崩れ落ちた」という体験をされました。
自分で作り出した自己という狭い家に閉じこもって自分で
自分を苦しめている。これが私達に悩みに様子です。
その家を崩すんです。呼吸に集中して、火のようになり
自己という家を焼き尽くす、破り尽くす。
自己という家が無くなれば、今までは狭いきたない天井ばかりを
見ていたものが、これからは満天の星空であります。
つらい、苦しいからといって途中でやめてはいけない。
途中で自己という家を崩すのをやめてしまっては、がれきの
山でしかない。更地になるまで全部片付けるんです。
そうすれば、満天の星空が我が天井、我が家です。
これがまさしく法身であります。
この快活、快さ、感動は痛所より得るであります。
このつらい中、痛い中、苦しい中で初めて得ることが
できるのです。
臘八も中日を過ぎて、そろそろ、疲労困憊も極に達して
きていると思います。この痛い、つらい、苦しいから
逃げようとするといつまでたっても追いかけてきて
とらわれる。それにそれらは、なくなりはしません。
むしろ、それらに没入していくことであります。
「快活は痛所より得る」であります。どうぞ逃げ出さずに
何もかもなくなるまで坐りぬいてくださいますように。
(後記)
管長様の提唱中、雲水を叱咤激励する声は、
日を追うごとに、気迫のこもった、聞く者の胸に
迫り来るものとなってきています。