千手観音
5月13日(日)
管長様が日曜説教会で提唱されたことをまとめてみました。
「初心」「初初しさ」は尊く大切にしなければならないもの
だけれども、同時にもろく折れやすいものでもあります。
折れないためには、では、どうすればよいでしょうか?
先日、赤ん坊を抱く機会がありました。赤ん坊は、
何にもできませんが、ものを食べさせてもい、着替えさせて
もらい・・・と親や周りの人がどれだけ手をかけているか
、自分がこの頃どれだけ手をかけて育ててもらったのか
改めて思ったものであります。
自分が今日までどれだけ多くの人のお世話になったか、
どれだけ多くのおかげさまをいただいて生きてきたのかと
思うと、折れそうになる初心を支えることができます。
坂村真民先生に「手が欲しい」という詩があります。
「目の見えない子が描いたお母さんという絵には
いくつもの手がかいてあった
それを見たときわたくしは
千手観音さまの実在をはっきり知った
それ以来あの一本一本の手が
いきいきと生きて見えるようになった
異様なおん姿が すこしも異様ではなく
真実のおん姿に 見えるようになった
・・・。」
目の見えない小さな子供がお母さんの絵を書きますと
お母さんの手がたくさん書かれました。ご飯を食べさせて
くれる手、着替えを手伝ってくれる手、どこへ行くにも手を
引いてくれる手、・・・そんなたくさんの手がありました。
千手観音は千本の手を差し伸べて、私達を救って
下さるということを表しているのであります。
私達一人一人は、こうして千も万もの手に支えられて
今こうして生きている、生かされているのです。自分一人
では、決してありはしないのです。親はもとより多くの人に
お世話になり、生きている人だけでなく亡くなった方にも
見守られて、生かされているのであります。
この私をどれだけ多くの人が、どれだけ多くの力が、
どれだけ多くの手が・・・と思いをめぐらすことによって
折れそうな初心も逆に芯のある心に変わってくるはず
であります。
<黄梅院・千手観音菩薩像>