禅とジブリ展 – そこに禅はあるのか?
この企画には、龍雲寺の細川晋輔さんのご縁で、以前から関わっていたのです。
十月三日から始まっていて、その前日の内覧会にもご案内をいただいていました。
ところが、円覚寺では十月三日が開山忌なので、とてもうかがうことはできません。
円覚寺からは教学部長の蓮沼直應先生に出席してもらったのでした。
円覚寺が関わりましたのは、主に、修行道場の生活の様子を写真で撮影してもらって展示していることであります。
昨年の十二月に二日間にわたって、修行道場の暮らしを撮影してもらいました。
あと鈴木敏夫さんと私とでは何度か対談をさせてもらっています。
そんなご縁で、私もジブリの作品をいくつか拝見させてもらったのでした。
京セラ美術館に着くと、淡交社の磯田さんが迎えてくださいました。
この磯田さんの企画が、すべての始まりでもありました。
淡交社で出している雑誌に、ジブリの鈴木敏夫さんと、禅僧の細川晋輔さんとの対談が始まったのでした。
その対談に、玄侑宗久さんと私も加わったのでした。
それが一冊の本となりました。
その本の題が『禅とジブリ』なのです。
今回の展示の題そのものであります。
また展示には、この『禅とジブリ』から多くの言葉が使われていました。
会場の入り口には磯田さんの「はじめに 禅をジブリで説く」という文章があります。
とてもよい文章で読んでいて引き込まれました。
磯田さんの思いがよく伝わってきます。
はじめに「『禅はわからない』。茶道の雑誌を編集する仕事柄、禅について解説した本を読む機会はあったが、文章を読み進めていると飛躍があるように感じることが多かった。『この瞬間、彼は悟ったのである』というような。禅は実践の中にしかないのだから、間接的な言葉でしか語れないものがある。ただ、編集者のずうずうしさで、もっとストレートに知りたい、と思った。
スタジオジブリの鈴木敏夫さんに、雑誌で禅僧との対談連載を依頼したのは、この人を通じてなら、禅がわかるのではないかと思ったからだ。」
と書かれています。
「もっと知りたい」という磯田さんの純真な思いから始まって、今回の大規模な展示企画にまで発展したのでした。
会場に入ると、『君たちはどう生きるか』に出てくるアオサギが出迎えてくれます。
そのあとは、ジブリのさまざまなキャラクターが登場します。
映像で見るのとは違い、実際に立体物として作られていますので、現実味があります。
まさにジブリの世界に入ることができます。
多くの方達が足を止めて見入っていました。
途中に低い段差を越えて中に入るところがあり、その段差の隙間に映像が流れているのに気がつきました。
見過ごしてしまいそうな足元に工夫がなされているのに気づくと、私はとても興味を覚えて、しゃがんで見ていました。
するとご夫人が、まだ幼いお嬢さんに「ほらトトロがいるよ」と声を掛けていました。
少女もまたしゃがんで見ていると、トトロが現れます。
狭い隙間なので、それほど大きなものではありませんが、少女は「ああ!トトロだ」と喜びの声をあげていました。
この少女の声と、その光景が一番心に残っています。
私もトトロの作品を鈴木さんとの対談の前に拝見していました。
私などはすぐに、このトトロは何を表しているのか、どんな動物がもとになっているのかが気になっていました。
しかし、純真な少女はただ「ああ!トトロだ」と喜んでいるのです。
その気づきと、その声とによって、トトロの世界がそこに現れるのです。
トトロが何を表すか、どんな動物かは関係ないのだと思いました。
途中から禅についての展示になっています。
京セラ美術館ですので、稲盛和夫さんと禅についての展示がございます。
それから修行道場の暮らしの写真もたくさんあります。
細川さんが坐禅指導されている映像も流れています。
円覚寺の坐禅堂の単という、坐るところを復元されたものもございます。
鈴木さんと私が対談している動画も流れていました。
円覚寺として注目してほしいのは、釈宗演老師の達磨図を出しているのと、釈宗演老師が日本画家の前田青邨先生に与えた「画禅入三昧」の書と、前田青邨先生が描かれた釈宗演老師の頂相であります。
達磨図は円覚寺の修行道場で元旦に掛ける特別なものです。
「画禅入三昧」の書は東慶寺さまの所蔵で、これまた特別なものです。
前田先生の書いた宗演老師の頂相は初公開のものです。
釈宗演老師は明治二十五年、数え年三十四歳で円覚寺の管長に就任なされた老師です。
大正八年十一月に数え年六十一歳でお亡くなりになっています。
鈴木大拙や夏目漱石が参禅していますし、当時の文学や芸術、政財界の各分野で活躍する人たちが参禅していました。
そして後の日本画家の大家となった前田青邨先生も三十四歳の頃に宗演老師のもとに参じています。
宗演老師がお亡くなりになる年のことです。
心身ともに危機に陥った時期に、参禅なされました。
その際に宗演老師が前田青邨先生に与えられたのが、「画禅入三昧」の書なのです。
前田先生は、晩年にいたるまでこの書を大切にされて、大切な時にはこれを掛けておられたそうです。
東京藝術大学日本画科で前田先生に教わっていたのが、小田部羊一さんでした。
小田部さんは、東映動画で高畑勲監督と同期で入社し、後輩にあたる宮﨑駿監督と共に『アルプスの少女ハイジ』などを作った方であります。
小田部さんが、大学卒業後はアニメーション界へ進む決意をした際、まわりの方々は猛反対されたそうですが、前田先生は「新しい時代だ」「大いにやりなさい」と、笑顔で後押ししてくれたというのです。
苦しい時に禅によって活路を見いだした日本画家は、後にアニメーション界を担う才能の背中を押したと言えるのです。
前田先生は線描の達人とも言われます。
前田先生から絵画を学んだ小田部さんですので、その線描はアニメーターになってからも持ち味になったのでした。
「全てはアニメーターの一本の線から生まれる」(『生命を吹き込む魔法』フランク・トーマス)という言葉があります。
画家は一本の線を書くのに血のにじむような修練をされるのだと思います。
その線を、前田先生の得意とされた日本画の線描から小田部さんが学ばれていたのでした。
前田先生の線描を支えるものの一つに、禅の修行があったのだと思います。
そんな前田先生が釈宗演老師の五十回忌に書かれたのが、今回初めて公開した釈宗演老師の頂相なのです。
それは簡潔な線描であります。
しかし、五十年前にお世話になった頃のことや、画禅入三昧を支えにしてきた思いを込めて力強く、宗演老師のお姿を、そのお心を表しています。
人気アニメの源流となった一本の線に、小田部さんや前田青邨先生、釈宗演老師などが深く関わっているのです。
そのような思いを受けとめてほしいと願って、宗演老師の達磨図や、東慶寺さま所蔵の「画禅入三昧」の書、前田先生の書かれた釈宗演老師の頂相を出させてもらっています。
少女が「ああ!トトロがいる」と声をあげて喜んだように、「ああ!ここに禅がある」と声をあげてくれる人はどれだけいるのだろうか、そんなことを思いながら展示を拝見していました。
横田南嶺