ととのうよろこび
次は四十回です。
布薩の会は、三十二回となりました。
寝る禅は、まだ九回であります。
イス坐禅も布薩も寝る禅も、私が新たに始めたものであります。
有志の方が手伝ってくれて開催できています。
毎回多くの方がご参加くださっています。
そのどれもが、目指しているところは同じであります。
日常の暮らしを調えることです。
日常の暮らしが仏道そのものになっていくことであります。
毎週坐禅に通う、毎月お寺の法話を聞く、これも素晴らしいことです。
それだけでも日常の暮らしに大きな影響があるものです。
それを更に具体的に調えてゆきたいという思いなのです。
イス坐禅では、イスで坐った姿勢を調えます。
そうしますと、日常の暮らしでは、食事の時も、仕事の時も、或いは移動の時もイスに坐っている時間が圧倒的に多いので、このイスに坐る姿勢を調えるだけで、生活のかなりの部分が変わってきて、調います。
座布団の上で坐るというのはもともと日常の営みであったのですが、今やこれは非日常となってしまっています。
そこで座布団の上で坐禅すると、きちんと坐るのですが、イスに坐ると姿勢が崩れてしまうということがままあります。
私自身がそうでした。
結跏趺坐をすれば、それなりに姿勢を調えることができるのですが、イスに坐ると、腰が落ちてしまったり、背中が丸くなったりと、姿勢が崩れてしまいます。
実はイスで坐るというのはとても難しいことなのです。
それからいくらお寺で坐禅をしたり法話を聞いても毎日の暮らしが調っていないと、なにもなりません。
そこで日常の暮らしを調えるのが、戒であります。
生き物をむやみに殺さない、人の物を盗んだり壊したりしない、嘘偽りを言わない、人の尊厳を傷つけるようなことはしないという基本的な生活の習慣を身につけるのです。
そういう意味でも戒は土台となります。
戒を読んで暮らしに活かしていくのが布薩であります。
それも礼拝を通して身体を調えながら、自らを省みて戒の条文を身体に染みこませてゆきます。
それから究極が寝る禅です。
これは骨盤を調えることと、呼吸法であります。
これが、一番身体が調うように思います。
この三つを始めて継続していますが、先日の日曜日は、この三つを一日で行うこととなりました。
午前中に東慶寺様で布薩とイス坐禅を行いました。
そして午後から円覚寺で寝る禅を行ったのでした。
期せずして一日で布薩、イス坐禅、寝る禅を行うことになったのです。
東慶寺の和尚様はとても熱心に学ばれていて、仏道を日常に活かすということもお考えになっています。
そこで私のイス坐禅を参考にしてくださっています。
東慶寺様のイス坐禅の会も何度か行っています。
東慶寺様での布薩の会は、今回初めてでした。
いつも修行道場で行っている布薩の会にも東慶寺の和尚様はよくご参加してくださっています。
布薩の大切さもよくご理解してくださっているのです。
東慶寺様のご本堂で、皆さんと布薩を実践しました。
私の行う布薩の会では、礼拝を丁寧に行うのが特色であります。
礼拝は仏さまを拝む宗教的で崇高な行いですが、身体を調えるにも素晴らしい効果があります。
そこで呼吸に合わせて丁寧に礼拝をするようにします。
一般向けの布薩では合計二十七回の礼拝を繰り返すのですが、これだけでも身体がとてもよく調います。
この礼拝の良さに気がついたのが、管長に就任してからのことでありました。
修行時代はただなにも考えずに礼拝していました。
管長になって儀式や法要の折に、導師として礼拝を繰り返します。
九回の礼拝をすることが多いのですが、それで身体が変わり、呼吸が深くなり、坐禅したのと同じように調うことを感じたのでした。
それからこの礼拝を丁寧に行うと坐禅と同じように調うと思って実践しているのであります。
東慶寺様の会に参加された方も、礼拝によって自然に身体が調っていく感覚を味わえてもらえたようであります。
礼拝で身体が調ってイス坐禅に入るととてもよく坐れます。
あまりたくさんの体操などをせずとも既に身体が調っているのです。
布薩とイス坐禅というのは素晴らしい組み合わせだと感じました。
坐禅はなにか特別なことを達成しようというのではなく、よく調った状態を味わってほしいのだと東慶寺の和尚様も仰っていました、
そして午後からは円覚寺に戻って寝る禅でありました。
これはゆったりとしたところで横になりますので、三十名ほどで行っています。
初めての方もいらっしゃいました。
身体の痛みが取れたとか、最後に立った時の何とも言えない安定感に満足したという感想がございました。
「気持ち良く調った感じがしました」という感想は嬉しいものです。
それから「帰りは足が充実していて、電車で立ったまま帰ることができました」という感想もありました。
これは寝る禅で足を充実させた感覚が、その後も続いていることを表しています。
このようにして日常の暮らしを姿勢から変えていきたいのです。
それにはこうしてイス坐禅、布薩の礼拝、寝る禅によってととのうよろこびを感じてもらいたいのであります。
身体が喜べばあとは自然と身についていくものです。
横田南嶺