icon_arrow-r_01 icon_tryangle icon_search icon_tell icon_download icon_new-window icon_mail icon_p icon_facebook icon_twitter icon_instagram icon__youtube

臨済宗大本山 円覚寺

臨済宗大本山 円覚寺

  • 円覚寺について
  • 拝観案内・アクセス
  • 境内案内
  • 年間行事・法要
  • 管長のページ 2026.06.19 更新
  • 法話会・坐禅会・
    写経会
  • 御朱印・御祈祷
  • 円覚寺売店
  • お知らせ
  • Q&A
  • リンク

© 2019 ENGAKUJI
ALL RIGHTS RESERVED.

お問い合わせ

2026.06.19
今日の言葉

谷中の霊梅院でイス坐禅

六月のイス坐禅の会は、谷中にある霊梅院というお寺を会場にして開催しました。

まる三年毎月イス坐禅の会を続けてきて、四年目の始まりであります。

新たにお寺で開催してみたのでした。

霊梅院は、東京谷中にある臨済宗妙心寺派のお寺です。

ただいまご住職は柳和尚と申します。

とても熱心な和尚様で、私のイス坐禅の会にもよくご参加くださっています。

そこで、一度柳和尚のお寺で開催してみたらどうかという話になったのでした。

土曜日の午後に行いました。

いつもは都内の会議室で、50名で行っていますが、今回は30名ほどで行いました。

これがまたほどよい人数とお寺の本堂という雰囲気もよくて、私自身とてもよくととのうことができました。

霊梅院に着くと控え室に案内してくださいました。

床の間の軸を拝見すると、円覚寺の東海和尚の墨跡で驚いたのでした。

八風吹けども動ぜずと書かれています。

東海和尚の墨跡が、この都内の妙心寺派のお寺にあるとは驚きでした。

柳和尚にうかがうと、お寺に所蔵されていたものだそうです。

霊梅院の世代の方で円覚寺にご縁のあった方がいらっしゃったのかもしれません。

そんなことを思わせる貴重な資料も拝見させてもらいました。

今の柳和尚も円覚寺で修行された和尚なので、感慨深く拝見しました。

東海和尚の書は、円覚寺にも何幅かございます。

とても謹厳な書を書かれる方でいらっしゃいます。

東海和尚は江戸時代後期の禅僧であります。

文化九年、一八一二年に円覚寺に掛錫して修行をします。

誠拙禅師のお弟子である清蔭禅師のもとで修行をします。

その頃誠拙禅師はすでに隠居されていたのでした。

清蔭禅師より印可を受けておられます。

天保二年、一八三一年に前版といって、今の僧堂の師家の立場になられます。

弘化二年、一八四五年に再住開堂をなされています。

この東海和尚は、嘉永三年一八五〇年に、天龍寺の夢窓国師五百年遠諱の大会の師家として拝請されています。

また京都の相国寺でも結制して師家を務めていらっしゃいます。

元治二年、一八六五年にお亡くなりになっています。

円覚寺では第一九七世でいらっしゃいます。

この方のあと円覚寺の師家を務めたのが、竹院和尚です。

竹院和尚は吉田松陰の母方の伯父にあたる方であります。
朝比奈宗源老師の得度の師である坂上真浄老師は、この東海和尚についても修行なされています。

真浄老師の語録には、その当時のことが記されています。

一夏の間、真浄老師が東海和尚に参禅されたのですが、一則の公案も透過できなかったと書かれています。

東海和尚のもとで入室参禅する様子というのは、真浄老師によれば、皆同じように東海和尚の室内に入っては、「私はできません」といいます。

東海和尚は「出きんというてすむものではないわ、さあ、なんでも骨折るじゃ」と叱咤されたようです。

真浄老師は、このような指導振りでは一人も大悟徹底した者はいないと書かれています。

東海和尚のお弟子に淵龍禅師という方がいらっしゃいました。

この淵龍禅師は、儀山善来禅師について修行して印可を受けられた方であります。

白隠下の禅を修めていたのでした。

円覚寺に帰って仏日庵に住しておられて、東海和尚の後任となって白隠禅を円覚寺で挙揚されると期待されていたのですが、残念なことにわずか四十歳でお亡くなりになったのでした。

そのあと逐うように東海和尚も遷化されたのでした。

そんな東海和尚の書を拝見して柳和尚のお点前でお抹茶をいただきました。

柳和尚が、こうして霊梅院の住職として立派にお勤めくださっているお姿を拝見して感慨ひとしおであります。

また驚いたことに、この霊梅院のイス坐禅には小川隆先生もご参加くださったのでした。

小川先生と共にお茶をいただいたのでした。

いつも小川先生に講師を務めていただいている麟祥院の勉強会では柳和尚が受付を務めてくださっているのです。

さて時間になってイス坐禅が始まります。

いつもの方もいらっしゃいますが、今回は霊梅院の坐禅会の方もご参加くださっています。

初めての方もいらっしゃいます。

ペットボトルを使ったりタオルを使って肩周り、そして首をほぐしてゆきました。

それから足の裏を入念にととのえてゆきました。

そうすると畳の目までもよく感じ取れる足の裏になります。

足の裏がしっかりしてこそ、イス坐禅は安定するのです。

腰を立てるのには、割り箸を股関節に当てて股関節を引き込むようにして坐りました。

はじめに十五分ほど静かに坐りました。

後半は軟酥の法を実習してみました。

軟酥の法というのは白隠禅師の『夜船閑話』に書かれています。

椎名由紀先生と私の共著『ZEN呼吸―「健康」は白隠さんからー』には伊豆山格堂先生の『夜船閑話』現代語訳がありますので、そこから軟酥の法についての記述を引用します。

「修行者が坐禅を実践している時、四大不調、身心ともに疲労したことを感じたなら、心を奮い立たせて、このように想像したらよい。
たとえば色彩や香気が清らかで、鴨の卵のような大きさの蘇(軟蘇)を頭の上にひょいと置いたと仮定する。

そのにおいと味いは何とも言いようもない位すばらしいものだが、それが頭全体を潤し、次第にじわじわと辺りを潤しながら下って来て両肩両臂に及び、両乳、胸と腹の間、肺、肝、腸、胃、背骨、腰骨、と次第に潤しそそぐ。

この時、胸中にたまった五臓六腑の気のとどこおり、疝気やその他局部的の痛みが、心気の降下に従って降下すること、水が下に流れるようであり、はっきりその音が聞こえる。蘇は全身を廻り流れ、両脚を温かく潤し、足の土踏まずに至ってとどまる。
修行者はそこで再び次の如く観ずべきである。

じわじわと潤しながら流れ下る蘇の余流・支流が、積もり湛え、暖めひたすことは、あたかも世の良医が種々の妙なる香りのする薬を集め、是を湯で煎じてふろおけの中に湛え、自分の臍より下をつけひたすようなものだ。

此の観をなす時、華厳経にいう通り一切唯心造であるから、鼻はたちまち妙香を聞き、皮膚に妙なる軟酥が触れる心地がする。

身心快適なることは二、三十歳の時より遥かに勝っている。

此の時に当って、五臓六腑の気の滞りをなくし、胃腸を調和し、おのずから肌に光沢を生じる。

もし此の観法を勤めはげむならいかなる病でも治らないことなく、いかなる徳も積むことができる」というのです。

皆さんと共にこの軟酥の法を丁寧に実習して終わりました。

私自身体が溶けてしまってこの世界にとけ込んだような気持ちでありました。

皆さんも満足されたご様子がうかがえました。

柳和尚が住職する霊梅院で、イス坐禅の会を開催することができてとてもうれしく有り難く思ったのでした。

 
横田南嶺

谷中の霊梅院でイス坐禅

前の記事

カテゴリー

  • 僧堂提唱(37)
  • 坂村真民 詩(99)
  • 掲示板 (今月の詩)(39)
  • 今日の言葉(2481)
  • 今日の出来事(164)
臨済宗大本山 円覚寺

〒247-0062 鎌倉市山ノ内409  
TEL:0467-22-0478

  • 円覚寺について
  • 拝観案内・アクセス
  • 境内案内
  • 年間行事・法要
  • 管長のページ
    • 管長侍者日記
    • ビデオ法話
    • 回覧板 (おしらせ)
  • 法話会・坐禅会・写経会
  • 御朱印・御祈祷
  • お知らせ
  • リンク
  • 円覚寺売店
  • Q&A
  • お問い合わせ