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臨済宗大本山 円覚寺

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2026.05.30
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禅に出会えてよかった

先日は、禅文化研究所主催で、「生老病死・四苦八苦をどう生きるかー盤珪禅師に学ぶ「苦しまない」心」という講座を開催しました。

会場は、円覚寺であります。

この講座の開催についてはいろいろと試行錯誤してきました。

いろんな講座を開催してきましたが、このところ、禅の語録を読む講座が中心になっていました。

禅の歴史、語録、思想を学ぶことは大切であります。

しかし、また現代の様々な問題について学ぶことも重要であります。

現代の苦しみを取り上げて、それに禅の叡智がどう関わるのか、救いになるのかどうか、そんなことを学ぶ講座を開こうと提案したのでした。

現代の問題を取り上げるということについては、私は理事だった頃から提案してきたのですが、なかなか実現には到りませんでした。

そして今回は、不徹寺の松山照紀さんとの出会いを通じて、現代の生老病死の問題にどう取り組むのかを主題としたのでした。

単に現代の問題を取り上げるだけでなく、やはりそこに禅の思想がどう関わるのかが大事ですので、松山さんは盤珪禅師ゆかりのお寺で、盤珪禅師の教えを信奉しておられますから、盤珪禅師の不生の仏心を掘り下げるようにしました。

更に、今回特別に研究所理事長の松竹寛山老師の吃音を克服してこられた体験を語っていただくようにしてみました。

ありのままでいいのか、ありのままをどう克服してゆくのかという、禅の本質に迫っていただくように企画をしたのでした。

講座は午後1時から5時まで四時間という長丁場です。

四部構成で、はじめに私が基調講演で、盤珪禅師の不生禅について三十分ほどであらましを紹介しました。

短い時間でしたので、盤珪禅師とはどういう方か、不生の仏心とはどのようなものなのかを説明させてもらったのでした。

そして第二講が、松山照紀さんによる「不生の教えー私の生き方」という四十五分の講演、更に第三講が、松竹寛山老師の「あるがままに生きる~吃音との葛藤を振り返って~」という講演でありました。

そして最後に松竹老師、松山庵主さんと私の三人で鼎談を致しました。

鼎談といっても私が司会進行役で、お二方のお話を聞く役を務めました。

なんといっても、松竹老師、松山庵主さん、お二方の体験談には心打たれるものがあります。

体験談ほど、力強く心に迫るものはありません。

私はお二方の魅力を引き出す役に徹したのでした。

松山庵主さんは、昨年円覚寺にお越しいただいて、修行僧たちのために講座を開いていただきました。

その折のことをかつて管長日記に書いたことがありました。

初めてお目にかかったときのことを、二〇二五年の七月八日の管長日記で、「最期は美しい」という題で書いています。

そこに庵主さんの経歴についても書いています。

それから修行僧のための講座を開いてもらったときのことを、二〇二五年の九月一八日に「完全な調和がある」という題で書いています。

修行僧たちのためによいお話をしてくださったのですが、もっと多くの方に庵主さんの魅力を知ってもらいたいと思ったのでした。

庵主さんの御経歴のあらましを述べますと、私より二歳年上で、福岡で生まれ育った方であります。

学生時代の二十歳で、結婚し中退して出産をなされています。

第二子も授かっていた頃に、お父様が突然お亡くなりになったのでした。

その後に離婚されてしまいました。

認知症を患う祖母、七〇代目前の母に、二人の娘という一家五人の生計を、庵主さんが一人で担ってゆくことになったのです。

庵主さんは働きながら准看護師の資格が取れる看護学校に入学されました。

朝から見習い看護師として働いて勉強し、子育てに祖母の介護とたいへんな日日で、体を壊されました。

庵主さんは、看護学校に通っておられた時に、アルフォンス・デーケン氏の『生と死を考える』という本に出会って、死生観を学んでおられました。

インドにあるマザー・テレサの慈善施設で数週間奉仕活動もなさったほどなのです。

そこで結核に罹ります。

三十三歳の時でした。

入院されたのでした。

そのように死について学んできたつもりが、実際にご自身が入院して死に向き合ってみると、学んだことが何の役にも立たないと分かったと、先日の講座でも語ってくださっていました。

もう自分の死は今夜あたりだろうと自覚した時に腹の底から死にたくないと思ったというのです。

これまで死生学を学んで勉強してきてある程度自分の死を受容しているつもりだったけれどもそれは思い上がりだったと知らされます。

しかも学んできた知識は何の役にも立たないということを実感されました。

知識だけでは死の恐怖も、死ぬという現実も乗り越えられないと分かったとお話しされていました。

その後、奇跡的に少しずつ元気になっていかれたのです。

退院後に正看護師の資格を取得されて、老人ホームで終末期と向き合い、多くの方をお見送りされてきました。

しかし医療の限界を感じるようになり、もっと日本の文化を学びたいと思って三十五歳の時に大学に再入学して、勉強なされます。

更に隠岐の離島で、看取りをなさっていました。

この体験談も貴重なお話でした。

そして太宰府の戒壇院で、衝撃的な体験をなされました。

本堂の毘盧遮那仏が安置されているのを拝んで、言葉にできない温もりを感じて、時間の経つのも忘れて見入ってしまわれました。

そして仏様の傍に少しでも近づきたいと思って坐禅会に通い始めるようになりました。

そんなご縁が熟していって、松山さんは四十八才で、出家して僧となりました。

その年は、奇しくも私が円覚寺の管長に就任した年です。

臨済宗で尼僧さんの道場である天衣寺で三年半ほど修行されました。

修行を終えて、ご縁があって姫路市にある不徹寺を訪ねたそうです。

二〇一六年に住職に就任されています。

住職されてちょうど十年になられるのです。

そんな波瀾万丈、結婚、出産、子育て、介護、看取りと人生のさまざまな体験を経てこられて、盤珪禅師の不生の禅に出会われてそれまでの体験がひとつにつながったと語ってくださっていました。

松竹老師の辛い吃音を克服してこられた体験談もまた胸打つものでありました。

そのようなご苦労をなさってこられた老師が、平林寺の師家となって多くの修行僧をご指導くださっているというのは素晴らしいことであります。

お二方のお話をうかがってやはり禅は素晴らしい、自分も禅に出会うことが出来てよかったとしみじみ思ったのでした。

禅に出会えたからこそ、素晴らしいお二方とのご縁も出来たのであります。

 
横田南嶺

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