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臨済宗大本山 円覚寺

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2014.11.26

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月並大攝心 最終日

 横田南嶺老師が僧堂攝心で提唱されたことをまとめてみました。

迷いを引き起こすのもお互いの心、苦しみを引き起こすのもまたお互いの心です。

夢窓国師は、心はその向けようによって仏にもなり地獄にも落ちると仰せになっています。

お互いの心一つの持ちようによって人は仏にもなれば、地獄にも墜ちる。

 では、どういう心の向けようをすることが大事なのか?

夢窓国師はまた云われています。心には2つある。心の源を尋ねていけば2つの心が

わかってくる。一つは、白・黒、西・東など分別して、あれこれ頭で意識して

分け隔てて考える心です。これは真の心ではありません。時々、かりそめに身に宿り

パッと出てきては移り変わってしまう心です。この心を本心であると思ったらたいへんな

間違いです。

 もう一つは、自分だ他人だと区別をしない、只、一念も起こさない心です。この心の

おおもとは我・他人の隔てなく、善し悪しと思うことがない。その心の源は、こんな小さな

体だけではなく、また、数十年の短い命ではない。世界一杯に満ちあふれて消えることも

なくなることもない、移り変わることもない仏心です。

 善し悪し、あれこれと思い計ることをしない、何の一念も起こさないようにすれば

仏になるのです。何の一念も起こさないところから出てくるものが本物であります。

 坐禅は「直に断命根」です。あれこれと思い計る、分別することを断ち切る。

この大攝心が終われば、すぐに12月1日から1年で1番厳しい臘八大攝心となります。

昔から臘八は「命取りの大攝心」と呼ばれています。命取りとは、分別、妄想の

息の根を絶やすことでなければいけない。分別、妄想、あれこれと思い計らう、

迷いのおおもとを断ち切るのです。

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