2019年1月31日

如月・2月の詩


横田南嶺老師揮毫、坂村真民さんの詩です。

円覚寺山内・黄梅院の山門下にある掲示板にて、実物はご覧になれます。

A Piece of Advice from a Red Bird

Oh, Shinmin. You, who be of the common run of man,

should carry on living as you are,

even though you could not yet achieve the spiritual enlightenment you wish for.

But you should know that this is the very process through which

you were bestowed with compassionate mercy.

Go on, living as you have been.

―The Complete Poetic Works of Shinmin Sakamura (Vol. 2)

―English translation: Sakai Takahiko

―English consultation: Paul Dargan


円覚寺公式カレンダー。

2019年1月31日

2月2,3日 どなたでも参加できる円覚寺の坐禅会

 
 さて、今週末(2月2、3日)の円覚寺でどなたでもご自由に参加ができる行事の紹介です。

2月2日(土)は、

●13:10~14:20 土曜坐禅会 初心者の部 @居士林

 初心者を対象とした坐禅会です。初めに、呼吸や体に意識を向けるなど

準備体操にあたる瞑想をして、心を落ち着けます。それから、体の動きを止めて

静かに15分間くらいの坐禅をします。最後に5分で質疑応答という流れとなっています。

●14:40~15:40 土曜坐禅会 経験者の部 場所:居士林

20分の坐禅を2回と最後に15分、般若心経、延命十句観音経などのお経を読みます。

(経験者の部では、足の組み方などの説明は、ございません。初めて坐禅をされる方は

なるべく、初心者の部に参加して初歩的なことを体験してくださいますように。)

<土曜坐禅会が行われる居士林堂内>

 2月3日(日)

●8:05~9:50 日曜坐禅会 @大方丈 

8:05~8:20 坐禅

8:30~9:30 横田南嶺老師による「盤珪禅師語録」という禅の語録の提唱

9:30~9:50 坐禅

という内容です。初心者の方には、8:10~20の間で、足の組み方などを説明しますので、

 必ず、時間までにお越しください。

 皆様のご参加を心よりお待ちしております。

2019年1月26日

講了の偈と遠諱への思い


今日、僧堂では、雪安居(10~1月の修行期間)の講了(講義の最終日)でした。


 横田南嶺老師による講了の偈(宗旨をうたった漢詩)です。以下、書き下しと意訳とまとめのお言葉です。

「孜々兀々(ししごつごつ)、禅牀に坐し」

 孜々はつとめる様子、兀々は一心に努力するさま、心を動かさないことです。

こうして一生懸命ひたすらにじっと動かずに坐禅堂に坐ってきました。

 「百日忽(たちま)ち過ぐ、閃電光」

円覚寺では一制は百日です。雪安居百日の間、安居してきましたが、気がつけばあっという間でした。

まるで稲妻がひらめくように一瞬のうちに過ぎていてしまったように感じられます。

 「武渓を講了して、何の所証ぞ」

武渓集を講義し終わっていったい何を得たのだろうか。

<提唱台上で講義する横田南嶺老師>

 「寒梅点々、清香を放つ」

庭を見てみると、梅が寒さの中で清らかなよい香を放っています。

梅は厳しい寒さを経てこそ清香を発するのであります。


 これより、円覚寺では、大用国師誠拙周樗禅師の二百年の大遠諱を修します。

誠拙禅師報恩の為に、その師匠である月船禅師の語録『武渓集』を一通り提唱してきました。

これは、四月の遠諱には、本にして出版します。

長年にかけて私がコツコツと取り組んで来て五百ページを超える大冊になりました。

 それから、三月には先ず僧堂で、関東の僧堂の雲水達を集めて、報恩の摂心をします。

そこでは誠拙禅師の語録である『忘路集』を提唱します。

 四月には、京都からも誠拙禅師ゆかりの相国寺や天龍寺の管長様方、

誠拙禅師の故郷宇和島の大乗寺様や仏海寺様などをお招きして大法要を営みます。

 続いて円覚寺派末寺の檀信徒千数百名に戒を授ける大授戒会を行います。

終わると同時に東京の日本橋三井記念美術館で、円覚寺展を開催します。

かつて五島美術館でも開催したことがありますが、

都心では円覚寺単独の展覧会は恐らくはじめてではないかと思います。

期間中に、三井記念ホールで特別講演も企画しています。

同時期に京都の花園大学でも、歴史博物館で誠拙禅師展を、

鎌倉の国宝館でも円覚寺展を開催します。

なんと東京、京都、鎌倉の三カ所で同時に展覧会であります。

 遠諱の大事な意味は、縁有る者には更に縁を深めてもらい、

縁無き者にも新たに縁を結ぶことであります。

こうして我々が学びを深めると共に、多くの皆さまにも誠拙禅師を通じて、

円覚寺ひいては禅の教え、仏法に親しんでもらえれば、報恩に一端であろうかと思っています。

(平成31年1月 横田南嶺老師 制末大攝心提唱より)

2019年1月25日

「山 また 山」

 
森信三先生の直筆。

昔、斉の孟嘗君(もうしょうくん)が秦の王に幽閉され、どうにか脱出して函谷関の関所までたどり着きました。

 関所の決まりでは、朝に鶏が鳴いて初めて旅人を通すようになっていました。

孟嘗君は秦王が追ってくることを恐れていました。

そこで、仲間に鶏の鳴きまねが上手な者がいたので、彼に鶏の鳴きまねをさせると、関所の鶏たちが一斉に鳴き出しました。 

それで関所が開いて、孟嘗君は無事通りぬけることができました。

 函谷関の関所は、鶏の鳴きまねで通れたかもしれませんが、

禅の関門関所はそんなマネでは通りません。

禅の関所は、とりもなおさず公案であります。

公案は、ごまかしでは通りません。

どうにか一つ通ったと思っても、その先にまた関所があります。

山を越えたと思っても、また更に山があるようなものです。

山また山をひたすら越えてゆく修行であります。

 すこしばかり公案が透って、これでいいと思うような心を慢心と言います。増上慢とも申します。

 少々のことで満足することなく、まだまだと、山また山を越えてゆく覚悟で、

自らの怠惰な心や慢心に自ら警策を打って進んで欲しいものです。

(平成31年1月 横田南嶺老師 制末大攝心提唱より)

2019年1月24日

3月18日 夜の初心者向け坐禅会@居士林 参加者募集中


居士林(円覚寺の在家修行道場)山門
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居士林堂内

 最近、世間では、仏教瞑想に対する注目の高まりか、居士林で毎週土曜日に開催

されている土曜坐禅会・初心者の部(13:20~14:20)には、大勢の

方々が参加をしている現状があります。

 そこで、居士林では、夜間の初心者向けの坐禅会を設けました。

 この坐禅体験会は、2時間というゆったりとしたプログラムで、身体をほぐす体操、

呼吸への意識の向け方、足を組んで坐禅をし、最後に参加者の方に自己紹介と質問と

いった内容の懇談会となっています。

(また、椅子での参加も可能です。)

日時: 3月18日(月) 19:00~21:00

    月に一度以上の割合で開催する予定です。

    今後のスケジュールについては、当「居士林だより」にてお知らせします。

場所: 居士林 

定員: 20名

申込み:engakuji.kojirin@gmail.com  宛てに 件名「◯月◯日の夜の初心者向け坐禅会希望」にて

    ①氏名 ②住所 ③電話番号 ④年齢 ⑤職業 ⑥坐禅歴 ⑦参加動機 を記入して

    お送りください。

参加費: 大人 1000円 学生・子供 500円

  * 皆様のご参加を心よりお待ちしております。

2019年1月24日

1月26,27日 どなたでも参加できる円覚寺の坐禅会



さて、今週末(1月26、27日)の円覚寺でどなたでもご自由に参加ができる行事の紹介です。

1月26日(土)は、

●13:10~14:20 土曜坐禅会 初心者の部 @居士林

 初心者を対象とした坐禅会です。初めに、呼吸や体に意識を向けるなど

準備体操にあたる瞑想をして、心を落ち着けます。それから、体の動きを止めて

静かに15分間くらいの坐禅をします。最後に5分で質疑応答という流れとなっています。

●14:40~15:40 土曜坐禅会 経験者の部 場所:居士林

20分の坐禅を2回と最後に15分、般若心経、延命十句観音経などのお経を読みます。

(経験者の部では、足の組み方などの説明は、ございません。初めて坐禅をされる方は

なるべく、初心者の部に参加して初歩的なことを体験してくださいますように。)

<土曜坐禅会が行われる居士林堂内>

1月27日(日)は、 

●9:00~11:00 日曜説教坐禅会(円覚寺派布教師和尚による法話と坐禅) @大方丈

 老若男女が集うお説教と坐禅会です。初めての方も多く参加されています。

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ー日曜説教坐禅会が行われる大方丈ー

 皆様のご参加を心よりお待ちしております。

2019年1月24日

「水のようにさらさらと」

 洛浦(らくほ)禅師のところで修行していた僧が、お暇することになりました。

洛浦禅師にご挨拶すると、一つの問題を出されました。

あたり一面を山で囲まれていたら、どうやって出かけるのか、一句を言えと問われました。

その僧は、よい答が見つからず、困ってしまいました。

たまたま、寺の畑を通りかかったところ、畑を耕す僧から、どうしたのだと尋ねられました。

こういう訳で、禅師から問題をいただいたけれども、よい答が見つからずに困っていると告げると、その畑を耕していた僧が、こう答えれば大丈夫だと一句を教えてくれました。

 それが、「竹密にして妨げず、流水の過ぐることを、山高くして豈に、白雲の飛ぶを礙(さ)えんや」という句でした。

 これは幸いと、その僧は、洛浦禅師に一句出来ましたと、示します。

ところが、洛浦禅師から、それはあなたの句ではないでしょうと言われて、

畑を耕していた僧から教わったのだと白状しました。

洛浦禅師は、畑を耕している僧の力量の優れたことを認め、将来大禅師になると言われました。

はたしてその通り、永安院に住して善静禅師と呼ばれ、何百人ものの修行僧が集まったということです。
 

示された一句の意味は、どんなに竹が密集していても、流れる水は何も滞ることなくさらさらと通り過ぎていくし、

山がどんなに高く聳えていても、白雲はなにも妨げられることなく悠々と飛んでゆくということです。

 なにか些細なことに、とらわれたり、ひかかったりしてしまうお互いですが、

水のようにさらさらと、雲のように悠々ととらわれなく生きられたらいいのです。

時には、こんな禅語をとなえてみたら如何でしょうか。

(平成31年1月 横田南嶺老師 制末大攝心提唱より)

2019年1月23日

「維摩の病」

 維摩(ゆいま)居士のことを、禅の語録では「癡愛老」と呼ばれています。

これは、維摩居士が病の床に伏していて、文殊菩薩がお見舞いをした時に、

病気の原因は何かを問われて答えた言葉に基づいています。

 維摩は、病の原因を「癡より愛有り、すなわち我が病生ず」と述べています。

 癡とは、愚かさです。正しい道理が分からない愚かな心の状態であるために、

外の世界のものに愛着を起こして、それが病となってしまうのです。

愛着は、苦しみや病の原因であります。

 そのように病の原因を知っていながら、維摩は病を治そうとはせずに、

病んでいるのです。それはなぜか、「一切衆生の病むをもって、この故に我病む」

と維摩は述べています。

 世間の人々が、愚かさの故に愛着を起こし、病となって迷いの世界で苦しんでいるのを見ながら、

自分一人だけ悟って知らぬ顔はできないというのです。

 維摩の病は、世間の人達が苦しんでいるのを見て、共に苦しみ、痛みを共にしようという病でありました。

すなわち大慈悲の心であったのです。

 私達禅の修行をする者も、この維摩の病を忘れてはなりません。

我一人の解脱を求める為の修行ではないのです。

(平成31年1月 横田南嶺老師 制末大攝心提唱より)

2019年1月22日

「どうしたらいいかと自ら問う」

 
論語の中に、「子曰く、之(これ)を如何(いかん)せん、之を如何せんと曰(い)わざる者は、

吾之を如何ともすること末(な)きのみ」という言葉があります。

 意訳すると、「先生は言われた、どうしたらいいか、どうしたらいいか、

と常にみずからに問わないような人は、私もどうしようもない」というところです。

 禅の修行においても、古来大信根、大憤志、大疑団の三つが大事だと説かれています。

大信根は、自らを信じることです。自らに仏様とも変わることのない尊い心が具わっていて、

修行すれば必ず自覚できるのだと信じることです。大憤志は、志を奮い立てて自分でやってみようと思うこと。

そして、大疑団というのは、どうしたらいいのか、どうすればはっきり自覚できるのかと、

常に自ら問題意識をもって取り組むことです。

 自分で、どうしたらいいのだろうかと自ら問いかけて求めないことには、

どうしようもないのであります。

(平成31年1月 横田南嶺老師 制末大攝心提唱より)

2019年1月21日

「言葉を贈る」

 『孔子世家』に「富貴なる者は人を送るに財を以てし、仁人は人を送るに言を以てす」

という言葉があります。

 財のある人は、人を送別するときには、はなむけとして金銭を贈るが、

仁徳の人は、よい言葉を贈るという意味です。

 孔子が老子を訪ねたとき、帰りぎわに老子から贈られた言葉です。

 その時に、老子は孔子に対して、聰明で深い洞察力を持っていても、

他人を非難していると命が危ういこと、博学で弁舌すぐれ、たとい見識が広くても、

他人の悪をあばいていると、身を危うくすることを説いたそうです。

 孔子に対する箴言です。

 月船禅師の『武渓集』には、月船のもとで修行して旅立ってゆく修行僧達を送った偈が

たくさん収録されています。ざっと数えても三十はあります。一人一人の修行僧に、

漢詩を作って贈られた月船禅師の、情愛の深さに感服します。

(平成31年1月 横田南嶺老師 制末大攝心提唱より)

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