2019年1月17日

1月19,20日 どなたでも参加できる円覚寺の坐禅会

さて、今週末(1月19、20日)の円覚寺でどなたでもご自由に参加ができる行事の紹介です。

1月19日(土)は、

●13:10~14:20 土曜坐禅会 初心者の部 @居士林

 初心者を対象とした坐禅会です。初めに、呼吸や体に意識を向けるなど

準備体操にあたる瞑想をして、心を落ち着けます。それから、体の動きを止めて

静かに15分間くらいの坐禅をします。最後に5分で質疑応答という流れとなっています。

●14:40~15:40 土曜坐禅会 経験者の部 場所:居士林

20分の坐禅を2回と最後に15分、般若心経、延命十句観音経などのお経を読みます。

(経験者の部では、足の組み方などの説明は、ございません。初めて坐禅をされる方は

なるべく、初心者の部に参加して初歩的なことを体験してくださいますように。)

<土曜坐禅会が行われる居士林堂内>

 1月20日(日)は、

●8:05~9:30 日曜坐禅会 @大方丈

8:05~8:20 坐禅

8:30~9:00 坐禅 

9:10~9:20 読経

という内容です。初心者の方には、8:10~20の間で、足の組み方などを説明しますので、

 必ず、時間までにお越しください。

2019年1月14日

成人式を迎えられた皆様へ (管長よりお祝いの言葉)

【「成人祝賀の会」が1月14日に円覚寺大方丈においても開かれました。以下は、横田南嶺管長より成人式を迎えられた皆さんへ贈られたお祝いの言葉です】

成人式の法話

 皆さん、成人おめでとうございます。本日は多くの方からおめでとうとお祝いいただいていると思います。私達も心からお祝い申しあげます。
 不思議なこともあるもので、最近自分の勉強の為にと、茨木のり子さんの詩集を読んでいました。すると、今ちょうど読んでいた詩が、今朝の毎日新聞のコラムで新成人に送る言葉として紹介されていたのです。全くの偶然ですが、こういうこともあるものです。
 どんな詩かというと、一部紹介します。

 大人になるというのは
 すれっからしになるということだと
 思い込んでいた少女の頃
 立居振舞の美しい発音の正確な 
 素敵な女の人と会いました


 という一節から始まります。大人になるということは、経験を積んで人格を完成させるというよい意味と共に、純粋さを失って世間に馴れてしまうと悪い意味で使われることもあります。「すれっからし」というのは、世慣れした悪い意味です。 でも詩人の茨木さんは、ある女性との出会いから教えられたというのです。何を教えられたかというと、

 初々しさが大切なの 
 人に対しても世の中に対しても
 人を人とも思わなくなったとき 
 堕落が始まるのね
 堕ちてゆくのを
 隠そうとしても 
 隠せなくなった人を何人も見ました


 何事も慣れるということは大事ですが、初々しさを失ってしまうと、大切なものを見失ってしまうことになります。そこで次のように茨木さんは詠いました。

 大人になっても
 どぎまぎしたっていいんだな
 ぎこちない挨拶 
 醜く赤くなる 失語症 
 なめらかでないしぐさ
 子どもの悪態にさえ傷ついてしまう 
 頼りない生牡蠣のような感受性
 それらを鍛える必要は
 少しもなかったのだな


 という事に気がつかれたのです。そして更に言いました。

 あらゆる仕事 
 すべてのいい仕事の核には
 震える弱いアンテナが隠されている 
 きっと……


 初々しい、純粋な心を失わないでいることが大切だと思います。慣れてきて純粋さを失うことが大人になることだとは思って欲しくありません。

 新聞のコラム記事には、もう一つ茨木さんの詩が紹介されていました。
「倚(よ)りかからず」という七十三歳の時の詩です。

 もはや できあいの思想には倚りかかりたくない
 もはや できあいの宗教には倚りかかりたくない
 もはや  できあいの学問には倚りかかりたくない
 もはや いかなる権威にも倚りかかりたくはない
 ながく生きて 心底学んだのはそれぐらい
 じぶんの耳目じぶんの二本足のみで立っていて
 なに不都合のことやある
 倚りかかるとすれば それは 
 椅子の背もたれだけ


 という詩です。私どもは禅の教えを学んでいるのですが、この詩は禅の教えにも通じるところがあります。既存の思想や宗教など、なにものにも寄りかからずに、自分の目で見て自分の耳で聞いて、自分の足で立つのです。寄りかかるのは椅子の背もたれだけだと茨木さんは詠いましたが、その背もたれにも寄りかからずに、腰骨を立てて姿勢を正して生きてまいりたいものであります。

 姿勢を正して、心のうちからあふれてくるのがまごころです。それを「至誠」と申します。この偽りのない誠の心をよりどころとして欲しいと願います。そんな思いで皆さまに「至誠」の二文字を色紙に揮毫しましたのでさし上げたいと思います。
式典に先立ち 新成人ほか参列者で読経管長のご法話新成人代表のお二人より感謝の言葉大方丈前にて記念撮影:『至誠』の色紙とともに

2019年1月13日

横田南嶺管長 1月・日曜説教会の映像

今日、円覚寺・大方丈にて行われた横田南嶺管長による日曜説教会の映像です。

 「前途洋々」という言葉が、思わぬ波紋を呼んだ花園大学でのエピソードなど

ユーモアを織り込見ながら、深い教えを分かりやすくお話されています。

 皆様、ぜひ、ご覧下さい。

2019年1月9日

1月12,13日 どなたでも参加できる円覚寺の坐禅会


さて、今週末(1月12、13日)の円覚寺でどなたでも参加ができる行事の紹介です。

1月12日(土)は、

●13:10~14:20 土曜坐禅会 初心者の部 @居士林

 初心者を対象とした坐禅会です。初めに、呼吸や体に意識を向けるなど

準備体操にあたる瞑想をして、心を落ち着けます。それから、体の動きを止めて

静かに15分間くらいの坐禅をします。最後に5分で質疑応答という流れとなっています。

●14:40~15:40 土曜坐禅会 経験者の部 場所:居士林

20分の坐禅を2回と最後に15分、般若心経、延命十句観音経などのお経を読みます。

(経験者の部では、足の組み方などの説明は、ございません。初めて坐禅をされる方は

なるべく、初心者の部に参加して初歩的なことを体験してくださいますように。)

<土曜坐禅会が行われる居士林堂内>

1月13日(日)は、 

●9:00~11:00 日曜説教坐禅会(横田南嶺老師による法話と坐禅) @大方丈

毎回500人近い、老若男女が集うお説教と坐禅会です。初めての方も多く参加されています。

blog-DSC01316
ー日曜説教坐禅会が行われる大方丈ー

 皆様のご来山を心よりお待ちしております。

2019年1月8日

夫子(ふうし)の道は、忠恕(ちゅうじょ)のみ。


横田南嶺老師がお正月に雲水一人一人にくださる色紙の一枚です。

 夫子(ふうし)の道は、忠恕(ちゅうじょ)のみ。

先生の一貫した道とは、忠恕、つまり、思いやりの道、仁道である。

訳 諸橋轍次著 『中国古典名言辞典』より

2019年1月6日

苟も仁に志せば、悪しきことなし。


 横田南嶺老師がお正月に雲水一人一人にくださる色紙の一枚です。

苟も仁に志せば、悪しきことなし。『論語』

仁に生きるとは、純粋な心をもって行動することである。

かりそめにも仁に生きようとするならば、その心に悪を生ずることはありえない。

訳 諸橋轍次著 『中国古典名言辞典』より

2019年1月5日

天を怨まず、人をとがめず、下学して上達す。


 横田南嶺老師がお正月に雲水一人一人にくださる色紙の一枚です。

天を怨まず、人をとがめず、下学して上達す。『論語』

 事、志とちがい、世に入れられないけれども、わたしはなすべきことをしているのだから、

天をうらみもしないし、人をとがめもしない。

 自分より身分・年齢などの低い者からもきいて学び、どんな卑近なことも

おろそかにしないで、一日一日上達していく。わたしはそういうふうに学問している

訳 諸橋轍次著 『中国古典名言辞典』より

2019年1月3日

大般若転読


 横田南嶺管長が元旦に仏殿にてお唱えになった歳旦の偈。

お正月の3が日は、開山堂と大方丈にて、大般若転読の祈禱の儀式が行われました。

開山堂での大般若転読の様子。


大方丈での大般若転読の様子。

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