感動の禅の旅
これは、禅文化研究所の賛助会員さんを対象にして行っています。
二十名ほどの旅であります。
今回は、姫路市網干区浜田にある龍門寺さまと不徹寺さまを訪ねました。
修行道場の摂心を終えて、二日後のことであります。
私は朝早くに北鎌倉駅から電車に乗って新幹線に乗り換えて、姫路に向かいました。
姫路の駅前に午前十時の集合であります。
そこからバスを用意して皆で龍門寺に向かったのでした。
姫路の駅は少し肌寒いくらいでありました。
二十数名の方には、よくお見かけしている方もいらっしゃいますし、初めてお目にかかる方もいらっしゃいます。
関東方面からの方と、関西方面からの方と半々くらいでありました。
姫路駅からバスで四十分ほどで龍門寺に着きます。
バスの中で、あの独特のマイクを持って、皆さんにご挨拶させていただきました。
龍門寺は、盤珪禅師御開山のお寺であります。
盤珪禅師は西暦一六二二年のお生まれで、一六九三年にお亡くなりになっています。
幼い頃に『大学』を読んで、『大学』ではじめに説かれている「明徳」とは何であるかを求めて坐禅をなされたのでした。
出家して僧となり、それこそ命がけの坐禅修行をなされたのです。
二十六歳で、はっと一切のことは「不生で調う」と気がつかれたのでした。
それからはこの「不生の仏心」を生涯かけて説き続けられたのです。
龍門寺に到着すると、ご住職が門のところにお迎えしてくださっていました。
はじめに開山堂にお参りするのですが、その折に不動堂の前を通りました。
その日は二十八日で不動明王のご縁日であります。
龍門寺さまでも法要をなさっておられたところでした。
ご住職が、この不動堂には、盤珪禅師が念持仏のようにしていた不動さまをお祀りしているのだと教えてくださいました。
盤珪禅師は十五歳の頃、菩提寺の西方寺様からお受け取りになった不動様だそうです。
不動明王をお祀りして、勇猛に坐禅なされていたのだと知ることができました。
開山堂は、盤珪禅師をお祀りしている、大きなお堂であります。
この開山堂は、元禄六年(一六九三)の春、盤珪禅師がまだご存命のときですが、盤珪禅師の長寿を祈って作ろうとされたそうです。
ところが盤珪禅師は、その年の九月三日にお亡くなりになりました。
ご遺骨はその翌る年の二月に開山堂に納められたそうです。
皆で焼香してお経をあげさせてもらいました。
そのあと書院でお茶をいただきました。
その時に、なんと思いがけず、河野太通老師がお見えくださったのでした。
二年前に初めて龍門寺を訪ねた時にもお目にかかりましたので、二年ぶりのことであります。
老師はうま年だそうで、今年九六歳でいらっしゃいます。
お目にかかるのは無理だろうと思っていましたので、お元気にお部屋にお入りになるお姿を拝見して感激しました。
床の前にお坐りになると、朗朗としたお声で、「皆さん、今日はようこそお参りくださいました。盤珪禅師もお慶びだと思います。有り難うございます。」とご丁重なご挨拶をいただきました。
そのあと本堂にお参りして、さらに坐禅堂も拝見して帰ろうとしますと、なんとバスを止めているところまで、太通老師が見送りに出てくださっていたのでした。
老師のお見送りを受けて不徹寺に向かいました。
不徹寺様は、龍門寺様からすぐのところにあります。
田捨女が出家して開かれたお寺です。
田捨女については『広辞苑』に「江戸前期の俳人。名はステ。出家後、貞閑尼。丹波の人。六歳の時「雪の朝二の字二の字の下駄の跡」とよんで人を驚かせたという。園女・智月・秋色女と共に元禄の四俳女。(一六三三~一六九八)」と書かれています。
夫と死別して出家し、その後盤珪禅師の弟子となって、この浜田の地で庵を始められたのでした。
はじめは不徹庵といっていたのです。
坐禅堂は元禄一三年(一七〇〇年)に建てられたもので、国内に現存する尼僧の修行道場の禅堂としては最も古いものだそうです。
そこで坐禅もさせてもらったのでした。
不徹寺に着くと、ちょうどお昼でしたので、不徹寺様で作ってくださったお料理をいただきました。
これが感動の体験でありました。
「食べる瞑想」というものであります。
一品一品心を込めてお作りになったお料理をゆっくり丁寧にいただくのです。
はじめにご飯が出てきました。
蓋を開けると、ほんのわずかのご飯なのです。
私などは一口でパッと食べられそうでしたが、これを三口に分けて食べるようにという指導でした。
ほんの少しを口に含んで、噛もうとしたら、松山庵主さんが、まず噛まずに舌の上で、どんなあたたかさか、やわらかさか、香りはどうかと感じるようにと仰いました。
そこで私もあわてて噛まずにしばし感じていました。
あたたかいし、お米の風味が感じられるのです。
そんなことを感じていると、三十回は噛むようにとのご指導で、ゆっくり噛んで味わいました。
たった三口のご飯で、それだけで満たされた思いであります。
そしてそのあと黒豆の枝豆のご飯をいただきました。
お味噌汁も、お寺で作られたお味噌で風味を味わいました。
車麩の揚げ物はまた逸品でありました。
心づくしのお料理をいただいて身も心も満たされました。
そのあと、庵主さまのお話を拝聴し、私と少し対談をさせていただき、坐禅堂でイス坐禅をさせてもらったのでした。
盤珪禅師ゆかりの坐禅堂でイス坐禅ができるとはこれも感動でありました。
そして皆さんと懇談をして、不徹寺様を後にして、姫路駅に向かったのでした。
感動の禅の旅でありました。
横田南嶺