若さの秘訣は探究心
午前中に一照さんの坐禅、午後から私のイス坐禅、そしてそのあと対談と質疑応答でした。
参加者の方からいろんな質問をいただきました。
はじめに、こんな質問がありました。
「二人の年齢を知って驚きました。若さの秘訣はなんですか」というものでした。
一照さんは七十二歳でいらっしゃいます。
私は一照さんよりも十歳若いのです。
これは私よりも一照さんにおうかがいした方がよいと思いました。
そこで、一照さんに若さの秘訣をうかがってみました。
すると、一照さんは「特別な秘訣はありません。自分が年を取っているという自覚があまりないのです。年齢を書くときに七十何歳と書いて、自分でも驚くくらいです。意識は三十代の頃とあまり変わっていません」とおっしゃいました。
私から拝見すると、一照さんは常に新しいことに関心を持ち、何でもやってみようという好奇心にあふれています。
そんな好奇心旺盛なところが若さの秘訣なのかと思って、今は何に興味をお持ちなのかとうかがいました。
すると、「温泉ですかね」と意外なお答えが返ってきました。
一照さんは、高校生の頃、友人たちと晩年をどのように過ごしたいか話し合ったことがあるそうです。
そのとき一照さんは、山奥の秘湯があるようなところで暮らしたいと答えたそうです。
今もその思いは変わらず、温泉がいくつもあり、水がおいしく、朝起きたときに気持ちのよい場所で暮らしたいと考えているとのことでした。
さらに、これからは今まで興味を持って学んできたことを、もう少し深めたいともおっしゃいました。
たとえば身体の動かし方だそうです。
一照さんは、お若い頃に、野口三千三先生に教わっておられました。
そんな野口体操やさまざまな武術などに関心を持って学んでこられていますが、個々の技術を身につけることよりも、それらに共通する原理、いわば「術理」を自分の身体で体得したいというのです。
哲学や思想についても同じで、さまざまな考え方に分かれる以前の、根本にあるものは何なのか。それを探究していきたいとおっしゃいました。
「死ぬ前に、もう少しその大元に近づいたという実感を持って、この世にさよならしたいのです」
という言葉が印象に残りました。
これほど学び、実践を重ねてこられても、なお自分はまだ十分ではないと思い、さらに深く探究していこうとされるのです。
私は、この尽きることのない好奇心と探究心こそ、一照さんの若さの秘訣ではないかと思ったのでした。
それから「人生でどちらを選んでも正解とも不正解とも言い切れない場面に立ったとき、老師ご自身は何を基準に決めますか。」という質問がありました。
どちらを選んでも正解とも不正解とも言い切れない場面に、普遍的な答えではなく、ご自身の判断を伺いたいというのです。
こちらも一照さんに答えていただきました。
一照さんも、人生の大きな岐路に立った経験があるようです。
私もそうですが、一照さんもお寺の生まれではありません。
若い頃、漢方を実践している先生に出会い、その方の教えに強く興味を持たれたそうです。
その漢方の先生は、私もよく存じ上げています。
円覚寺の修行道場の摂心にもよく通っておられた先生でありました。
その先生に一照さんは「弟子にしてほしい」とお願いされました。
すると、その先生は「私の漢方は禅の表現として行っているのだから、まず禅の修行をしなさい」と言われたそうです。
それが一照さんと禅との出会いでした。
そして円覚寺の居士林の坐禅会に参加されたのでした。
はじめて坐禅すると、足が痛くてたいへんだという思いをするのですが、一照さんは実際に坐禅をしてみると、思いがけない体験があったというのです。
それまで自分の中に抱えていた疑問と、坐禅の体験が不思議に響き合ったとおっしゃるのです。
一照さんは「決して上手に坐れたわけではありません。暗闇の中で、ただ足の痛みに耐えながら坐っていたのですが、それが自分の中で大きな意味を持つようになりました。」とおっしゃっていました。
やがて、通いで修行しているだけでは埒が明かないので、いっそ出家した方がよいのではないかと思うようになったそうです。
しかし、一照さんはそれまで研究者になろうと考えて東大で勉強なされていたのです。
研究者の道に進むのか、それとも出家して禅の修行に専念するのか、これに大いに悩まれたそうです。
考えても考えても答えが出ないときに、ふと思いついたのが四国遍路だというのです。
一照さんは四国の出身ですが、それまで実際に遍路をしたことはなかったそうです。
そこで自分も歩いてみようと思われたそうなのです。
ただし、遍路をしながら進路について考えようというのではありません。
むしろ、考えることをやめて遍路をしようと思われたのでした。
一照さんは、どうせ行くなら、なるべく厳しい条件にしようと決めて、すべて歩いて回り、宿には泊まらず野宿をする、自分でお金も持っていかない、そういう遍路を始められました。
徳島から高知、愛媛、香川へと歩いて回られたそうです。
一照さんは「これが実に楽しいのです」とおっしゃっていました。
毎日何が起こるかわかりません。
どこで寝ることになるのか、何を食べられるのかもわかりません。
それなのに、ものすごく自由な気持ちになれたというのです。
そしてこんなことを言われました。
「あるとき、山の中のバス停で雨宿りをしました。
屋根から雨のしずくがぽたぽた落ちていました。
そこで、お接待でいただいたゆで卵と、いただいたお金で買った味噌ラーメンを、携帯用のガスコンロで作って食べました。
雨の音を聞きながら、温かいラーメンを食べていると、これが実にうまい。
思わず笑ってしまいました。
『なんで俺は、こんなに自由なんだろう』
何も持たず、先のこともわからない。それなのに、こんなに楽しい。これだけ楽しいのなら、もう大丈夫ではないかと思ったのです。
そんな体験が毎日のようにありました。」
と楽しそうに語ってくれました。
雨のバス停で楽しそうにラーメンをすする姿が目に浮かぶようでした。
そして高知から愛媛に入る頃には、もう答えが出ていたというのです。
「自分でどちらかを選んだというより、選択肢が自然に一つだけになっていた」ということでした。
結局、三十一日間かけて四国を歩かれたそうです。
一照さんは
「この経験から私が学んだのは、決断というのは、必ずしも自分が考えて選び取るものではないということです。
むしろ、決断の方から自分を選びにやって来ることがあるのです。
だから、人生の大きな岐路に立って、いくら考えても答えが出ないときには、いったんその問題から離れてみるのもよいと思います。
それまでとはまったく違うことを、ある程度の時間をかけてやってみるのです。
頭の中で答えを出そうとするのではなく、身体を使って、これまでとは違う世界に身を置いてみる。
そうすると、思いがけないところから答えが向こうの方からやって来ることがあります。」と語ってくださいました。
そんなお若い頃の一途な探究心を、七十歳を超えられた今も変わることなく持ち続けておられるのが、一照さんの魅力なのだと思いました。
横田南嶺