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臨済宗大本山 円覚寺

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2026.09.11
今日の言葉

比べないことは難しい

先日は神戸市にある須磨寺で法話をさせていただきました。

小池陽人さんのご縁であります。

前日から須磨寺の近くに宿泊させてもらいました。

その日の朝は、五時半より須磨寺の大師堂で小池さんが修法をなされるというので、お詣りさせていただきました。

私は後ろの方から拝んでいましたので、詳細は分からないのですが、四十分あまり、お香を献じ、お水を供えたり、手に様々な印を結びながら、いろんな真言を唱えておられます。

その合間に鈴を鳴らし、鉦を鳴らしたりされています。

お大師様の前で、実に敬虔な祈りを捧げられているように拝見していました。

私はイス席だったので、いつものようにイス坐禅の要領で坐っていました。

尊い時間を過ごさせていただきました。

終わったあとに、丁寧に修法の内容を教えてくださいました。

このようにして真言の教えでは、自身を清め仏さまと一体となって慈悲をすべてに向けていくのだと分かりました。

それに比べると、禅宗などはただ坐るだけであります。

そして無になれというだけであります。

実に丁寧な洗練された修法だと感じ入った次第であります。

毎日このような修法をなされると、自ずと仏さまと一体になっていかれるのだと分かりました。

そのあと、奥の院にお詣りさせていただきました。

三年前にお詣りさせてもらったときのことを思い起こしました。

三年前の時はもっと暑かったと記憶しています。

少々汗ばみましたが爽やかな朝でありました。

そのあと午前中に須磨寺の大仏師山高龍雲先生の工房を見せていただきました。

いま須磨寺では、毘沙門天のお像をお作りになっています。

かなりできあがっているのですが、その様子を拝見させていただきました。

毘沙門天には、吉祥天と善膩師童子とが脇侍になっています。

善膩師童子はほぼできあがっていて、いま截金をほどこしているところでした。

この截金の様子を実際に拝見させていただきました。

こんなにも緻密な作業をなさっているのだと驚きました。

実に丁寧な丁寧なお仕事であります。

山高先生のお姿は、小池さんの動画で何度も拝見しています。

実際にお目にかかってみると、柔和なお人柄で、笑顔が素晴らしいのであります。

ほんの少しお話させていただいただけで、いかに仏像を彫ることを愛して楽しんでおられるのかが伝わってきます。

こういう方が仏さまを彫られるので、素晴らしい仏像ができていくのだと思いました。

私も有り難いことにほんの少し毘沙門さまに鑿入れをさせてもらいました。

小池さんは、皆で鑿入れを行ったりして、多くの方に関わってもらいながら、仏縁を深めてこの毘沙門さまをお作りになっておられます。

山高先生の工房を後にして会場に入りました。

会場には三百数十名の方々がお集まりくださっています。

小池さんの人気はたいしたものであります。

小池さんが法話をなされ、そのあと私が拙い話をさせていただきました。

小池さんの法話は何度も拝聴していますが、この頃は実に堂に入ったものであります。

その言葉のきれいさ、滑舌のよさ、間の取り方、目線の配り方、どれをとっても完成されたものです。

それでいて完成された窮屈さを感じることもなく、心に染み入っていくお話であります。

ご自身の体験談も交えてお話しくださいますので、とても親しみやすく感じます。

今回のお話は、比べることから苦しみが生まれる、その苦しみからどう解放されるのかという内容のお話でありました。

はじめに比べることから苦しみが生まれることを丁寧にお話しくださり、更にその具対的な解決法を教えてくださっていました。

酒井雄哉阿闍梨の言葉を紹介されていました。

千日回峰行を二度も満行された方で、たくさんの御著書も残されています。

その酒井阿闍梨が、数々の厳しい修行をして、怒りやむさぼりやいろんな煩悩を克服することができたそうなのですが、唯一最後に残った煩悩があるというのです。

それは何かというと、人と比べることだというのであります。

人と比べて嫉妬する心だと仰っていたそうなのです。

小池さんはあの大阿闍梨様でさえも、最後の最後まで残った煩悩が人と比べる心だったというのだとお話しくださいました。

他人と比べることが苦しみの根源なのだという話なのであります。

小池さんはH1グランプリという企画をなさっています。

これは法話グランプリというものです。

若手の和尚様に法話をしてもらって、来場者の方に投票用紙をお配りして、もう一度会いたいお坊さんに投票してもらって、得票数が多かった人をグランプリとするのです。

これは、もう一度会いたいという方を選ぶのであって決して法話の上手下手を競っているのではないのです。

それでもどうしても比べてしまうと小池さんは素直に仰っていました。

「比べていません」と言いながら、実行委員が舞台袖から比べているというのです。

誰が優勝するのかと気になると言っては皆を笑わせていました。

比べないということは難しいのです。

みうらじゅんさんは「比較三原則」というのを仰っていたそうです。

それは、人と比べる、親と比べる、過去の自分と比べるというのです。

そんな話から始まって、比べないためにはどうしたらよいのか具体的な方法を三つお話しくださっていました。

優しく穏やかに話し始められて聞き入ってしまうのでした。

 
横田南嶺

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