鎌倉宮
毎年八月二十日に例祭が行われています。
毎年ご案内をいただきながら、今まで参列することがかないませんでした。
管長に就任して以来、毎年案内状をいただきながら、欠席の返信ばかりを出していて、申し訳ない気持ちでいました。
今年は念願かなって例祭に参列させていただきました。
初めて参加する例祭ですので、少し早めに寺を出ました。
横須賀線で鎌倉まで行って、鎌倉からは大塔宮行きのバスに乗ってゆきました。
それでもずいぶん早く着いたので、近くを散策していました。
少し歩くと、永福寺跡がございます。
永福寺は源頼朝が建立した大寺院でありました。
今は鎌倉市によって永福寺跡として保存されています。
その永福寺跡に立ち寄ってみました。
そこにあった案内板には、
「永福寺は源頼朝が建立した寺院で、源義経や藤原泰衡をはじめ奥州合戦の戦没者の慰霊のため、荘厳なさまに感激した平泉の二階大堂大長寿院を模して建久三年(一一九二年)に、工事に着手しました。
鎌倉市では、史跡の整備に向けて昭和五六年(一九八一年)から発掘調査を行い、中心部の堂と大きな池を配した庭園の跡を確認しました。
堂は二階堂を中心に左右対称で、北側に薬師堂、南側に阿弥陀堂の両脇堂が配され、東を正面にした全長が南北一三〇メートルに及ぶ伽藍で、前面には南北一〇〇メートル以上ある池が造られていました。」
と書かれています。
このあたりの地名を二階堂というのは、この永福寺によるのです。
一三三三年に鎌倉幕府が滅亡したあとは徐々に衰え、さらに火災にみまわれ、以後廃絶してしまったのです。
永福寺跡を訪ねて時間を調整して鎌倉宮に向かいました。
控え室で時間まで待って、例祭に参列させていただきました。
本殿に近い席に坐らせていただきました。
屋外なので、暑い季節ですが、木陰になっていて、それに気持ちの良い風が吹いてくるので、それほど暑さを感じることはありませんでした。
床几という神道独特のイスに坐っているのですが、このイスは腰を立てて坐るにはよくできていると思いました。
腰を立てて坐りながら、この場所の良さを味わっていました。
風の通るよいところにあるとしみじみと感じいりました。
宮司様は九年前にご就任された方でいらっしゃいます。
厳かな神事が続いていました。
終わりに一般参列者を代表して玉串を奉り、拝礼させていただきました。
有り難いことでした。
終わったあとは直会であります。
初めて参加するので緊張して坐っていました。
隣には、大阪の四條畷神社の宮司さんがお坐りになっていました。
四條畷神社の御祭神は、楠木正行(まさつら)公だそうです。
楠木正成の長男で、四條畷の戦いで敗れて亡くなっています。
四條畷の戦いは、正平三年(一三四八)、四条畷で南朝軍の楠木正行と足利方の高師直との間に行なわれ、南朝方が敗れ、正行は弟の正時らと自刃しています。
二十二歳であります。
直会には、湊川神社の宮司様もお見えになって、ご挨拶をされていました。
鎌倉宮は大塔宮護良親王をお祀りする神社なので、建武中興に関わる神社の方々が参列されていることが分かりました。
建武中興十五社という、後醍醐天皇の建武の新政に尽力した南朝側の皇族や武将などを主祭神とする一五の神社があるのです。
湊川神社の宮司様がご挨拶の中で先の熊本の地震に触れられて、八代宮の門が倒壊したことを話されていました。
八代宮も建武中興十五社のひとつで、後醍醐天皇の皇子である懐良(かねよし)親王がお祀りされているのです。
大塔宮護良親王は、後醍醐天皇の皇子で、出家して天台座主にもなっていたのですが、「討幕を計り還俗、奈良・吉野・高野に潜行。諸国に令旨を発して建武新政を招来。征夷大将軍に任ぜられたが、のち足利尊氏のために鎌倉に幽閉、足利直義の臣、淵辺義博に殺された。」と『広辞苑』には解説されています。
『広辞苑』によれば一三〇八年のお生まれで一三三五年にお亡くなりになっていますので、二十七年の生涯でした。
直会の席では鎌倉宮の宮司様にご挨拶させていただきました。
ようやくお参りできた御礼を申し上げました。
いろいろお話をうかがうと、この鎌倉宮の場所には、もともと臨済宗のお寺である東光寺が建っていたそうです。
護良親王が鎌倉で幽閉されたのが、その東光寺でありました。
そして東光寺にはかつて利生塔が建立されていたのでした。
利生塔は、安国寺利生塔とも言います。
夢窓国師が足利尊氏・直義兄弟に勧め、元弘以来の戦死者の霊を弔うため、古代の国分寺制にならって全国に安国寺と利生塔を設け、仏舎利を奉安したものです。
寺を安国寺といい、塔を利生塔といいました。
利生塔が東光寺にあったそうなのです。
東光寺が廃絶してしまった跡地に、明治になって今の鎌倉宮が建てられたのであります。
そんな歴史があったとは、しみじみ歴史のご縁を感じました。
今までお参りできずにいたことを申し訳なく思ったのでした。
お参りしてみると、いろんな方にお目にかかり、今まで知らなかったことも分かって勉強になります。
帰りには近くにある護良親王のお墓にもお参りしてきました。
いろいろと歴史について学ぶ一日となりました。
横田南嶺