お盆終わる
霊迎え
麻(お)がらをたいてみ霊を迎える
三人の子供たちが言う
おばあちゃん
もうきたろうかね
あのおつきさんといっしょにきたね
見ればほんとに雨後の空に
ほんのりかがやくやさしい三日月
提灯にあかりをともし
お線香をあげ
お菓子 ぶどう すいか うり とまと
とうきびなど
皿にいっぱいもり
まんじゅうなど一緒に食べ
手を合わせる
一雨降ったあと
涼しい風が吹いて
今夜はほんとにいい晩だ
という詩であります。
霊迎えとは「精霊迎え」といって『広辞苑』には、「盆の初日に迎え火を焚くなどして先祖の精霊を幽界から迎えること」と解説されています。
盂蘭盆について岩波書店の『仏教辞典』には、
「盂蘭盆会は、〈盆会〉〈歓喜会〉〈魂祭〉ともいう。
七月十五日に精霊棚を作り、先祖の霊を招いて僧に読経してもらう。
その際、僧にご馳走の接待をして功徳を積み、先祖に廻向する。
あわせて広く無縁仏にも施食供養をする施餓鬼も行われる。
年一度の盆会に先祖が少しでも長逗留してほしいとの気持から、期日は拡大され、多くは七月十三日より十六日までとするが、七月全体を盆月とみなすこともある。
農村部では農作業の関係から月遅れの八月、または旧暦で行うことが多い.」
と書かれています。
八月の十三日から十六日までというところが多いように思われます。
鎌倉では八月にお盆を行うことが多いのです。
横浜市内ですと、七月に行っているようです。
地域によってさまざまであります。
盆三日あまり短かし帰る刻
とは角川源義(げんよし)の句であります。
迎え火は、盂蘭盆の初日の夕方ですから十三日の夕刻に、祖先の精霊を迎えるために焚きます。
十六日は送り火を焚いて送りますので、「盆三日」といわれるように、御霊とともに過ごせる時間はほんのわずかです。
亡くなった方を思うと、三日間で帰ってしまうのはあまりに短いと残念に思っているのです。
抱た子や母が来るとて鉦たたく
と詠んだのは小林一茶でありました。
幼くして母を亡くした子が、お盆になって母が来るといって喜んでいる様子がうかがえます。
お盆に祖霊が帰ってくるというのは、もともとのインドの仏教にあった考えではないようです。
日本に古くからあった祖霊を迎える信仰に、仏教の盂蘭盆会や、中国から伝わった祖先祭祀などが重なり合って、今日のお盆の習慣が形づくられてきたと考えられています。
仏教で説かれる盂蘭盆会は、目連尊者が、亡き母が餓鬼道に堕ちて苦しんでいることを知り、お釈迦様の教えに従って、僧侶たちの安居の修行が終わる七月十五日に、その僧侶たちに食事などの供養を行い、その功徳によって母を救ったという話がもとになっています。
ともあれ、日本古来の信仰と仏教の教えとが融合したものだと言えます。
それだけにその地方地方によってお祀りの仕方はさまざまです。
またお盆には帰省ラッシュがあります。
多くの方がふるさとのお盆に帰るという習慣でもあります。
私は出家してから、お盆にふるさとに帰ったことはありません。
よく冗談で、お盆に帰って来るとしたら死んでからだと言っていました。
お盆はお寺のお勤めがあるので、帰れないのであります。
しかし、今年は父の初盆なのです。
お盆のお参りは無理だと思っていたのですが、それが可能となったのでした。
それは驚いたことに私のふるさとの新宮では、八月の七日から十五日までがお盆だというのです。
盆三日ではあまりにも短いと思ったのでしょうか。
いつの頃からかは分かりませんが、今はそのように七日からお盆を行っています。
普通は十三日の夕刻に迎え火を焚くのですが、七日の夕刻から焚くのです。
しかも我が家では七日から毎日迎え火を焚いていました。
そして送るのは十五日となっています。
そこで、十三日には円覚寺の総代さんのお宅にお盆のお参りに行くことになっていますので、その前にふるさとのお盆にお参りすることができたのでした。
精霊棚はとても立派なものでありました。
あらかじめお寺で初盆を迎える説明会があったそうです。
墓標のような大きな戒名を書いた柱が立てられて、たくさんのお供えがなされています。
お寺の和尚さまのご指導で、朝にはお粥、昼にはそうめん、夕方にはご飯を供えるそうです。
一日に三度、七日から十五日まで毎日供えていました。
そしてその間ご縁のあった方が入れ替わり立ち替わりお参りに見えてくれます。
たくさんのお供えが部屋いっぱいとなっていました。
亡き人を思うあたたかい心で満ちていました。
亡き人が帰ってくるというのは、本来の仏教にはなかったと言われればそれまでですが、因縁不思議と申します。
こうしてお互いが今生きているのは、いろんな人のおかげです。
亡くなった方、ご先祖のおかげでもあるのです。
ふるさとに帰り亡くなった方を迎え、他愛もない昔話をするというのも、今ここに生かされているさまざまなご縁を思い出すので、有り難いことであります。
多くの地域では、十六日の送り火でお盆も終わります。
一茶の句を思い出しました。
送り火や今に我等もあの通り
やがては自分たちも送られていくのだということも思うのであります。
横田南嶺