聴くこと
宝泰寺さまの夏期講座にお招きいただいて話をさせてもらったのでした。
宝泰寺の藤原東演和尚は、臨済宗妙心寺派の教学部長もお務めになられて、臨済宗の布教師の世界では重鎮でいらっしゃいます。
そんな和尚さまのお寺には、有り難いことに今まで何度かお招きいただいているのであります。
新しい本堂ができあがった時にも法話をさせてもらいました。
久しぶりにおうかがいしました。
本堂ができあがった時にも立派な本堂だと感銘を受けたのですが、このたびもあらためて立派な本堂だと感じいりました。
東演和尚は昨年住職を譲られて今は閑栖というお立場になられています。
午前中は閑栖となられた東演和尚のお話でありました。
講演の場合、前の方の講演があれば、必ずそれを拝聴するようにとは、恩師松原泰道先生の教えでありました。
私も東演和尚のお話を拝聴できるのも有り難いことなので、朝早く新幹線で静岡に出かけました。
駅からは歩いてすぐなので、歩こうと思ったのですが、先方の和尚が暑いからといってわざわざ短い距離ですがお迎えに来てくださって恐れ入りました。
お寺に着くと夏期講座の方々は坐禅中でありました。
私も控え室で坐禅をさせてもらっていました。
東演和尚のお話は、「聴くこと 思いあい」という演題でありました。
素晴らしい資料をお作りになっていました。
資料のはじめには、「優れた聞き手であるとは、間や沈黙を受け入れるということです」というケイト・マーフィーの『LISTEN』という本の言葉があります。
そんな言葉から、「聴く」とはどういうことをいうのか、いかに聴くことが難しいのかとお話くださいました。
東演和尚は傾聴の会を十五年も主催なさっているそうなのですが、それでもご自身の聴く力はまだまだだと仰せになっていました。
間や沈黙を受け入れるといいますが、実際には沈黙は恐ろしいと仰っていました。
沈黙になってしまうと、何か言わなければと焦ってしまうというのです。
沈黙をなんとか埋めようとしてしまいます。
そうすると、「もしかしたら、話し手はうまく言葉にならない何かを伝えようとしているかもしれないのに、それを妨げてしまう」(ケイト・マーフィーの言葉)ことになるというのです。
東演和尚は終わりの方で、ご自身の体験をお話になっていました。
五十代の終わり頃に体調を崩されたそうです。
医者にかかると自律神経失調症だと言われたそうですが、とても苦しい毎日だったというのです。
そんなときに、一輪の花が咲いているのをご覧になって大きな力をいただいたと仰っていました。
暑い時に咲いている花をご覧になって、こんな小さな花にも生きる力がはたらいているのかと感動されたのでした。
そして自分も何かしなければ、何ができるだろうかと考えるようになっていったというお話でありました。
花に励まされて、少しずつ生きる力が出てきたのでした。
花の命に、生きようという声を聴いたのだというのです。
そして終わりに金子大栄先生の言葉を紹介してくださいました。
『ありがたさについて』という本にある言葉です。
資料に書かれていた言葉をそのまま引用させてもらいます。
「あらゆることにおいて不思議を感ずるのが信仰であるというのです。
因縁不思議ということは、人間はどれだけ知識をすすめてみても、むしろ知識をすすめればすすめるほど、不思議ということが感じられるのでなければならぬ。
知識がないから不思議というのではない。
知識をもった人が知識の限界を知って大いなる不思議の前に頭が下がるのが宗教感情なのでありましょう。
正しき信仰といっても別なものはない。
花がどうして咲いたものであろうかとじっと追究して、いよいよ人間の知識のおよばないところにいったときに、おのずからなにかにたいして敬虔感情がでてくる。
そういう意味において、因縁不思議といえるのでありましょう。」
という言葉であります。
「知識をもった人が知識の限界を知って大いなる不思議の前に頭が下がる」という言葉に深く感銘を受けました。
私も金子大栄先生の本はよく読ませてもらっていました。
最後に東演和尚は、布教というのは決して一方的に話をすればいいというものではなく、聴くことが大事であり、思いあい、語りあい、ふれあい、そういうものがなければならないと結ばれていました。
有り難いお話でありました。
お昼をいただいた後、私の話となりました。
私は「今日一日笑顔でいよう」と題して九十分話をさせてもらいました。
終わりましたら、東演和尚からご著書をいただきました。
『幸運になる 笑顔の法則』という絵本でありました。
そのなかに無財の七施が分かりやすい言葉で書かれていました。
1、優しいまなざしのプレゼント
2、微笑みのある顔のプレゼント
3、あたたかい言葉のプレゼント
4、気持ちのよい挨拶のプレゼント
5、思いやりある心のプレゼント
6、席を譲るというプレゼント
7、よい雰囲気のプレゼント
というのであります。
東演和尚は京都大学学長だった平沢興先生の著書『世の姿・心の姿』という本にある「顔は自分のもので・ひとのもの」というエッセイを読んで感銘を受けたそうです。
そのなかに
「多くの人は、自分の顔は自分だけのものだと思っておるようであり、私も以前はそんな風に考えていた。しかし、どうもそうではない。明るい顔が周囲を明るくし、暗い顔が周囲を暗くすることなどを思うと、自分の顔は自分のものであって、同時に社会のものでもある。」
と書かれているそうです。
『幸運になる 笑顔の法則』の中に引用されていました。
有り難い本をいただいて、これを学べば私の「笑顔でいよう」という話も更に深められると思いました。
お招きいただき、お話を聴いたり、人に接したりすると、いろいろと視野が広くなり、思いが深くなり、学ばせてもらえるものです。
横田南嶺