今日一日笑顔で
臨済宗妙心寺派和歌山教区の花園大会で講演するためであります。
翌日の午前中に講演なので、その前の晩に泊まりました。
教区の花園会では、その前の日の午後から研修を行っていました。
その晩ご飯の席から参加しました。
食事の席にも二百名を超える方々がお集まりになっています。
これほど大勢の方々と食事をするのはめったにないことです。
妙心寺派管長の山川宗玄老師もご臨席なされました。
私はありがたいことに、山川老師の隣に座らせていただきました。
その前日の公開対談に続いて連続して老師のお話を拝聴させていただくことができました。
食事の間も、大勢の方が挨拶に来てくださいました。
どれくらい写真を撮ったのか分からないほどであります。
隣の山川老師も正眼寺の師家になられる前に、和歌山県の由良町の興国寺に住しておられたので旧知の方も多いようで、気さくに応対なされていました。
そうして次の日が講演であります。
はじめに妙心寺派管長の山川老師がご入堂なされます。
緋の御衣でお入りになるお姿は神々しいものであります。
壇上にお祀りされた開山無相大師、花園法皇のお軸に焼香なされ、恭しく三拝なされます。
その間に皆で般若心経をお唱えします。
そして開山様、微妙大師、花園法皇に御回向申し上げます。
そのあと管長さまが花園法皇の御宸翰を奉読なされます。
御宸翰は、花園法皇が、妙心寺の開山様に、大燈国師一流の禅を、この世の中に盛んにしていくことを託された内容です。
妙心寺開創の精神でありますので、厳かに読まれます。
そのあと、要職にある方々のご挨拶が続きます。
一時間ほどの儀式のあとに、私が「今日一日笑顔でいよう」という題で、七十分ほど講演をさせてもらいました。
笑顔でいることなど、じつに簡単なことのように思われますが、人間は、案外いつも笑顔でいられるわけではないと思います。
それを感じるのは写真を撮る時です。
「はい、チーズ」と言われて、ようやく笑顔を作りますし、それでも写真屋さんから「もっと笑顔でお願いします」と言われたりするものです。
私たちは、意識し、努力しなければ、なかなか微笑むことができないなと思います。
どうしたら人は笑顔で生きていけるかについて話を進めました。
その講演のギリギリまで構成について考えていました。
講演の内容については依頼された時から資料作りに入ります。
あらかた資料を集めても、大事なのは構成であります。
前の晩の夕食のあとにも考えていました。
その日の朝も早く起きて考えていました。
直前になって「であう」「ねがう」「はげむ」という三つの言葉で構成を練りました。
そこでまず「であう」こと「出会い」から話を始めました。
和歌山県新宮市、熊野川のほとりで生まれた話から始めました。
和歌山教区の方々が三百名もお集まりであります。
新宮市の方も大勢いらっしゃいます。
ご当地の話をするのがいちばんです。
家はもともと鍛冶屋で鉄工所となっていました。
そして二歳の時の祖父の死の話をしました。
祖父は死んでどこに行ったのか、そもそも死とは何か、これが私の一番根本の問いであります。
更に小学生の時に同級生が病でなくなりました。
そこからさまざまな宗教や教えを求め始めました。
そんな中で出会ったのが、禅でありました。
小学生の頃、清閑院の坐禅会に参加し、由良の興国寺からお見えになっていた目黒絶海老師の姿に深い感銘を受けたのでありました。
特に、目黒絶海老師のお姿は忘れられません。
まだ小学生だった私には老師の『無門関』のお話は分かりませんが、その老師の礼拝なされるお姿、その佇まいには、死の問題を超えていらっしゃる感じがしたのでした。
自分も「この道を歩めば、死の問題が解決するのではないか」と思ったのでした。
これが禅に「であう」ことでありました。
そして次が「ねがう」であります。
中学生の頃に、当時円覚寺の管長だった朝比奈宗源老師の本を読んで大きな感動を覚えました。
朝比奈老師は、四歳で母を亡くし、七歳で父を亡くし、死んだ両親はどこに行ったのか、探しもとめて出家し、坐禅してこの問題を解決されたと著書に書かれていました。
私はこれだと思いました。
朝比奈老師は「人は仏心の中に生まれ、仏心の中に生き、仏心の中に息を引き取る」と仰せになっています。
海辺に立って波を見ていますと、泡が生まれては消えていきます。
しかし、泡は消えるのではなく、元の海へ還っていくだけであります。
同じように、人もまた仏心という大きな心の中から生まれ、その中で生き、そしてまた仏心へ帰っていくのだ、というのです。
この教えに触れた時、私は「この仏心の世界をもっとはっきりさせたい」と願うようになりました。
それには坐禅であります。
坐禅とは松居桃楼先生の『天台小止観』を学ぶと、「感情を波だたせないこと」と、「思考力を正しく働かせること」だと説かれています。
この修行を行っていけば、いつでも、どこでも、なにものにも、ほほえむ心が輝きだすという教えにも触れてきました。
そして、死の問題を明らかにして、いつでもどこでも微笑むことのできる人間になりたいと願ったのでありました。
これが「ねがう」です。
しかし、願うだけでは何も変わりません。
願う後に努力があります。
仏心を明らかにして、微笑みのある人生を生きるためにも、「はげむ」ことが必要なのであります。
そのように話を進めたのでした。
最後に二歳の時、祖父の死の時には、「人は死んでどこへ行くのか」と迷い、右往左往しましたが、先月父を見送った時にも、「亡くなった人は仏心の世界に還り、今も共にいる」という安らかな思いを持つことができるようになったと話を終えました。
それもすべて、良き出会いがあり、願いが生まれ、励み続けてきたおかげでありますと話をまとめたのでした。
横田南嶺