福と徳と運と
とてもよいお話でした。
慧安院の恵淵というお坊さんの話でした。
この方ほとんど名を知られていないのですが、実直で素晴らしい禅僧でありました。
慧安院というのは、修行僧たちが行脚してよく立ち寄るお寺でした。
行脚の修行僧には食事や宿泊を提供してあげるという習慣がありました。
慧安院は、それほど裕福なお寺でなかったようで、それでいて多くの修行僧に施しをするので経済的にたいへんだったのではないかと察します。
住職がいなくなってもなかなか後任が決まりませんでした。
そこで恵淵というお坊さんが自らそのお寺に行くことを志願されました。
この方は相当修行をしていて悟りを開いていたのですが黙々と皆に交じって修行していたのでした。
どのように住持されるのかと問われて、この恵淵というお坊さんは、「私には福が無いので、あらゆる人々と縁を結ばねばなりません。自分で柳行李を背負い、街で托鉢して寄進を乞うて大衆を養うつもりです」と答えています。
その通りに三十年お勤めして、お寺の伽藍も整備されたという方なのです。
亡くなったあともたくさんの舎利が残り、火災に遭っても恵淵禅師が建てた建物は残ったというのであります。
とても徳のある立派な禅僧であります。
そこで、この「私には福がない」という「福」とは何か、講義でも小川先生が解説してくださいました。
小川先生は、「禅僧の資質は、第一には悟境の高さ、悟りの境涯の高さ、これが大事とされます。
しかしそれだけでは駄目なのです。
それだけだと、自分一人が悟って、そこで行き止まりになってしまいます。
お寺が発展したり、大勢の弟子が育って門下が発展し、その法系が栄えたりするためには、悟りの境地以外、福というものを持ってないといけないという考えが、非常に広く見られるのです。
それは、境涯が高いと、それに比例して福があるわけではないようなのです。
悟りの境涯が高くても福がない人というのはいます。
境涯の高さと福とは全く関係がありません、
持って生まれた福という、それは目に見えないパワーのようなものがあって、それがある人とない人があるのです。
それがないと成功しないという考えです。」
と解説されていました。
『宗門武庫』にも修行して悟りを開いても、福が足りないので、畑の仕事をして皆の為にはたらくようにと指導された方の話もあります。
またある僧は、長い間修行して師匠からもその悟りの境涯を認めてもらって印可も受けているのですが、福がないので、弟子をとって弟子の指導をするようなことはしないようにと言われたという話もあります。
百丈禅師と潙山禅師の話はよく知られています。
司馬頭陀という在家の修行者がいて、この人は人相を見たり地相を見たりする能力があったようであります。
潙山というすばらしい境致がある、そこに修行道場を建てたら千五百名からの修行僧達が集まるだろうと百丈禅師に進言しました。
そこで百丈禅師は、では私が潙山に行こうかと言いますと、司馬頭陀は、あなたの人相は貧相ですから、あなたでは千人にも満たないでしょうと言いました。
随分失礼なことをいうように思います。
しかし百丈禅師も正直な方で、私が駄目なら私のもとで修行している中で誰かふさわしいものがいるだろうかと聞きました。
司馬頭陀は、当時百丈禅師のもとで典座という皆の為に食事を作る係をしていた霊祐禅師を一見して、この人ならふさわしいと言ったのです。
そのあと皆の前で問答をして選ぶようにしていますが、霊祐禅師が潙山に住して潙山霊祐禅師となるのです。
霊祐禅師は、潙山に大道場を開いて大勢の修行僧を導きました。
『景徳伝灯録』には、百丈和尚は「骨人」であり、潙山は「肉山」だと書かれています。
福徳のない人相の人が「骨人」で、それに対して福をたくさん持った山が肉山なのです。
かつて萩本欽一さんが駒澤大学に通っていたことがあって、小川先生は、萩本欽一さんを教えておられたことがあります。
そこでこんな話をしてくださいました。
「欽ちゃんが番組をよく成功させるのは人を見る目があったからだと言われています。
では、どういう人を選ぶかというと、運を持っている人を選ぶというのです。
運を持っている人を使うと番組は成功するのだそうです。
運というものは、欽ちゃんには見えるものらしいのです。
しかしどういう基準かわからない。
それでもいろいろ法則があるようです。
親が貯めた運を子どもが相続できる、それから人様のために黙って損な役割を引き受けているときに運が貯まるというのです。
やはり自分を犠牲にしてでも、人のために役に立って、自分が損して人を利すると、目に見えない大きな力が貯まって、それを「運」と言っているようだ」とお話くださいました。
この「運」というのは「福」にも通じるのではないかというのです。
そこで福と徳と運とについて考えてみました。
どれもよく似たような言葉です。
あの人には福があるとか、福をさずかると言います。
また徳を積むとか、徳がある人だとも言われます。
運がいいとか、運がめぐってきたとも言います。
人の為にはたらくとか、人知れずお手洗いの掃除をしたり、そっとゴミを拾ったりするのは、徳を積むことになると思います。
徳は積むことができるのです。
自分のことよりも人さまのことを思って人知れず徳を積むことができます。
その徳を積むことによってさずかるのが、福だと思いました。
親や或いはご先祖が積んだ徳が、その子や孫に福として授かることもあるのです。
運というと、それが流動的にめぐっていくことを表しているように感じます。
欽ちゃんが駄目なときほど運がたまるというのは、まさに思い通りにならない時期こそ、人間の器や縁や力が育っていく力があるという意味ではないかと受けとめてみました。
逆境にあると人の苦しみが分かるようになりますし、失敗した時には、人は謙虚になれます。
思い通りにならない時には、いろいろと工夫をします。
失敗した人ほど、人に優しくなれるものです。
そうしている間に、人間の中にあとで花ひらく力、福をもたらす徳が静かに蓄えられていくという、そんな流れを欽ちゃんは「運がたまる」と表現したのではないかと思ったのでした。
積んだ徳が花ひらいて福となっていく、その流れを運というのではないか、「徳を積む」、「福は授かる」、「運はめぐる」と、そんなことを小川先生のご講義を聴いたあとあれこれと考えてみました。
横田南嶺