親切な指導
今回は初めて受講する修行僧もいますので、初歩からお願いしました。
あらかじめ私の方から、坐禅の姿勢を作る為の基本的な体の調え方や、日常の掃除や草取りなどの動きに役立つ体の使い方を教えていただくようにお願いしておきました。
二時間かけて親切に丁寧に教えてくださいました。
井上さんは、甲野善紀先生のもとで武術を習われていて、甲野先生から、「松聲館技法研究員」という名前を貰われています。
甲野先生からの評価はとても高い方でいらっしゃいます。
それから井上さんは、ヨガも深く学ばれています。
とても体が柔らかいのであります。
お人柄も穏やかで、静かで、お目にかかっているだけでもこちらの体も調ってくる気がします。
今回ははじめに、一人でもできる体の調整として坐禅をするための動きを教わりました。
最初は足指を動かすことから始まりました。
足の指を握ったり、開いたりから始めました。
そして足の指でグウーチョキパーのじゃんけんをするのです。
右の足の指と左の足の指でじゃんけんをするようにします。
私などもはじめのころは全く思うように足の指が動かなかったものですが、これは西園先生に教わってから、どうにか動くようになりました。
こうして足の指を動かそうとするだけで、股関節や全身の緊張がとれてきます。
次に実習したのは、開脚と前屈と合蹠とでありました。
これはヨガの経験から来ていると感じました。
実に基本的な動きで、真向法にも含まれていますし、修行道場でもふだんから行っています。
ところが自分たちで行うと、前屈でもどうしても力を入れて前に曲げようとがんばってしまいます。
ウンウンうなりながら、前に丸まろうとしてしまいます。
これは気をつけないと、体を壊すことになりかねません。
井上さんは、まず力任せにしないことをご自身の体験を通じて説かれました。
井上さんが高校の頃に、前後開脚をしようとして股の裏の筋肉を痛めてしまったことがあるそうです。
一時期はイスに坐ることもできずに、中腰で授業を受けていたのだと仰っていました。
こういう実体験を話してくださると、聞いている方もより一層真剣に取り組まなければという気持ちになります。
開脚から始まったのですが、いきなり膝を伸ばすことはしませんでした。
膝は曲げてもいいので、腰を立てることを教わりました。
腰が立たずに体だけ曲げようとすると腰を痛めることになります。
膝は緩めた状態で腰を立てて、そこから股関節を引き込むようにたたんでいくのです。
その股関節を動かしていくことを丁寧におそわりました。
体を前におろしていくのは最後になるのです。
前屈でも同じでありました。
まず片方の足だけを伸ばして、膝はのばさずに緩めて腰を立てるようにします。
これは比較的容易にできます。
そこから同じく股関節を折り込んでいくようにしてゆきます。
あせらずゆっくり丁寧に行います。
最後に胸を股に近づけていくようにしました。
次にもう一方の足を行いました。
それから足の裏を合わせる合蹠も丁寧に行いました。
井上さんのご指導のもとにゆっくり丁寧に行っていると、修行僧たちも可動域がずいぶん広がったようでありました。
そして坐って体をうつ伏せにして、腰から背骨を一本一本積み上げていくように立てるという動きを行いました。
これは坐禅にはとてもいい動きになります。
まずうつ伏せになるので、上体の緊張や凝りがとれます。
そこから骨盤から動かしていくのです。
二人一組になって片方の者が、後ろから骨盤を両手で挟むようにもって、ゆっくりと手前に回転させるように誘導します。
それに誘導されて、骨盤が立ってその上の背骨が一つ一つ積み上げられていきます。
そして首から頭が上に乗っかるようにします。
お互いに何度も実習しました。
それから背骨をよく動かす運動をしました。
背骨をくねくねとよこに動かすのです。
まるで蛇がくねくねと進むように背骨をうねるようにします。
これがなかなか難しいのです。
背骨が動かず肩だけが動いている者も見受けられます。
井上さんは一人一人丁寧に見てくださり、手を添えて誘導してくれていました。
それからヨガのネコのポーズのように四つん這いになって背骨を縦に動かすことをしました。
それも大事なのが、骨格の構造でした。
肩の真下に手が来るように、股関節の真下に膝がくるようにしますと土台が安定します。
上から馬乗りになってもらってもしっかりしているのです。
そんなことを行ってからしばらく坐禅をしてみました。
十数分だと思いますが、私自身とても心地よく坐れました。
修行僧たちもいつもよりもよい姿勢になっているのが分かりました。
良い姿勢といっても決して力んではいないのです。
骨格が安定して余計な力が抜けているようになっています。
その余計な力みの無い姿勢が美しさを生み出していると感じます。
坐禅のあとは、日常の箒で庭を掃くときの要領や屈んで草取りをする時に股関節を意識することなどを丁寧に教わりました。
木魚を打つときの力の抜き方も教えてくれていました。
修行僧達にはふだんの暮らしのなかですぐに応用できそうなことばかりで、為になったのではないかと思いました。
終わったあとは控え室でしばし懇談させてもらいました。
最近の井上さんの気づきである、「感覚を飛ばす」、「輪郭を捉える」ということがどういう経緯の中で生まれたのか、そして更にこれば言葉だけでは理解しづらいので、実際に教わってみました。
これは私も新たな感覚でありました。
井上さんに教わるといろんな世界が開けます。
そして教え方もお上手なので大いに参考になるのです。
これほどまでに親切に丁寧に教えていくと、どんな者でも体が変わっていくのだと思いました。
井上さんのお人柄によるものだと感じました。
横田南嶺