三つのよりどころ
円覚寺では午前十時から、佛殿で花祭りの法要を行います。
どなたでもその時間にお越しくだされば、佛殿の中に入ってお参りできます。
一時間ほどかかる儀式であります。
三月の三十一日に足立大進老師の七回忌法要を終えて、翌日四月一日は、花園大学の入学式に参りました。
小田原から新幹線に乗って京都に行き、京都駅から山陰線で円町駅で降ります。
鎌倉を出る時には雨が降っていなかったのですが、京都に着くと小雨が降っていました。
京都駅で傘を買って行きました。
式典は午前十一時から始まります。
始まりにあたって、総長である私が、皆を代表して壇上にお祀りしているご本尊観音さまに焼香して三拝をします。
その間に三帰依文の歌が流れます。
それから学長の式辞となります。
学長ははじめに、花園大学の創立の由来について話をしていました。
「花園大学の建学の精神は「禅的仏教精神による人格の陶冶」です。
その目的は臨济宗の宗祖である臨済禅師が「随所に主と作れば、立処皆な真なり」と言われるように、どのような状況であっても主体的に行動できる自立性·自律性を養成することです。
花園大学は明治五年(一八七二年)妙心寺山内に「般若林」が創建されたことにより始まりました。
まさに、明治四年に廃藩置県が行われ明治政府が名実ともに国民国家として確立したその翌年であり、「学制」が公布され、日本に近代的な学校制度が導入された年でもあります。
「学制」が目的とするのは「人々自ら其身を立て、其産を治め、其業を昌にする」こと、すなわち、「学制」でいう立身とは、建学の精神で謳っている自立性·自律性なのです。」
と語られていました。
それから更に学長は只今の世界の情勢について触れていました。
「次に、皆さんが生きている日本と世界の今についてお話します。
今、アメリカとイスラエルがイランを攻撃しています。
一月には、アメリカがベネズエラに対する大規模な軍事作戦を行い、マドゥロ大統領を拘束しました。
ロシアによるウクライナ侵攻は四年を超え、ガザ地区におけるイスラエルのハマスに対する戦争は二年を超えています。
これらの戦争に関し、本学を昨年度末に退職された吉永純(あつし)教授は次のように語っています。
「二十世紀は戦争の時代といわれ、二十一世紀こそ人権の世紀かなという思いがあったのですが」、
「法の支配を摇るがすような、反人権的な行動が目立つようになり本当に悩んでおりました」。
というのです。
そこで花園大学教堂の祈りの言葉を紹介してくれていました。
万人平等に具えられし仏心を見失わず
世界の平和を願求し暴力に訴えず
自らを内省して我欲を制し
これに反する邪悪な心に動かされ
尊厳なる人格を侵す者には
それを諫め拒む勇気を持ちつづけんことを
という言葉であります。
最後に学長は、昨年楽天からドラフト一位を指名されて入団した藤原聡大さんの話に触れられました。
「本学をこの春卒業した藤原聡大さんが、去る三月二十九日の楽天·オリックス戦に、楽天先発投手としてプロ初登板しました。
結果は、三回四失点初黒星でしたが、京セラドーム大阪で三万五千人の観衆を前に力投しました。
私もあのように緊張して野球を見たのは初めてでした。
四年前に藤原聡大さんが入学してきたときには、二十九日の舞台はまったく想像されていませんでした。
大学とは、青年が生まれ変わる場所です。
藤原聡大さんはその一つの事例です。」
と語ってくれていました。
「大学とは、青年が生まれ変わる場所」とはいい言葉だと思いました。
そのあと総長である私の祝辞となります。
今回は、式典の始まりに本尊様に三拝して三帰依文を唱えていることについて話をしました。
今や仏教学科以外の学生の方がはるかに多いのです。
三帰依といっても分からない学生も多いと思ったからです。
「この式典の始まりに、私は皆さんを代表して観音様のお香を焚いて三回、礼拝をしました。
その間に不思議な音楽と不思議な言葉が響いていました。
はじめてこのような儀式を目にされる方も多いかと思います。
不思議な言葉というのは、「ブッダン・サラナン・ガッチャーミ、ダンマン・サラナン・ガッチャーミ、サンガン・サラナン・ガッチャーミ」という言葉です。
この言葉は三つのよりどころを大事にして生きることを表しています。
三つのよりどころとは何でありましょうか。
私達仏教を学ぶ者にとってはお釈迦様とその教えと、教えを学ぶ仲間であります。
これは決して仏教を学ぶ場合だけに通じるものではありません。
皆さんがこれから学ぶ様々な分野の学問においても、この三つが大切になります。
教えてくださる先生と、その教え、方法、理論などと、そして共に学ぶ仲間とであります。
大学には幸いに、この三つが調っています。
それぞれの分野に素晴らしい先生がいます。
理論や方法もあります。図書館にはたくさんの教えがそろっています。
そしてみなさんには共に学ぶ仲間もあります。
更にまた、皆さんがこれからそれぞれの人生を生きていく上にも、人生の師となる人、その教え、そして教えについて語り合う仲間が大きな支えになりよりどころになります。
この三つをよりどころとしていけば、揺らぐことなく安定して学ぶことができます。
教えてくれる先生、その教え、そして教えを学ぶ仲間、この三つが宝だと思って大いに学んでほしいと願っています。」
と申し上げたのでした。
そのあと私は学内にある禅文化研究所に行ったのですが、学内には、新入生であふれていました。
若い前途ある学生さん達の姿を見るだけでも、元気をいただいた思いでありました。
横田南嶺