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臨済宗大本山 円覚寺

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2026.03.24
今日の言葉

本来もっている身体のすばらしさ

先日は、都内で甲野陽紀さんとの講座を開催してきました。

二時間の講座でありました。

このたび和器出版社から、『坐禅せずに坐禅してみよ!と問われたら』という本を出版していただき、その記念の企画であります。

第一回は、一月に円覚寺で開催しました。

その折には、多くの方にお集まりいただいたので、あまり動くことができませんでしたので、今回は、ワークを中心に行ったのでした。

はじめにお互いが少し挨拶をしておいて、それからまずは甲野さんと私と二人で実演をしてみせて、参加者の皆さんで体験してもらいました。

まず自分で自分の腕をつかみます。

そのときに皮膚に注意を向けて、つかんで立ちます。

横から甲野さんがわたくしを押します。
皮膚に注意を向けていると、かなり堪えられます。

ところが骨に注意を向けると、すぐに崩れてしまいました。

これを皆さんにも体験してもらいました。

それから、わたくしが合掌して立ちます。

合掌して立つとかなり身体が安定します。

横から押されてもしっかりしています。

ところがそこに視覚を加えると変わります。

指と指があわさっているところに視線を向けると、とたんに身体が崩れてしまうのです。

視覚を入れると変わるのです。

この部屋の湿度がどれくらいかと言われると、感じようとします。

すると安定します。

カメラの方を見てくださいと言われると、崩れてしまいます。

見ようとすると、身体が不安定になるのです。

坐禅の時に、目は何かを見ようとせずに、ただ視線を落とすというのですが、それだけで身体が安定させられているのだと思います。

足裏で感じてみよとなどと、触覚に注意を向けると身体が安定するというのです。

合掌して手の平の感覚に注意を向けるのと、合掌して指があわさっているところを見るというのとでは全く安定感が違うことに驚きました。

目から触れたところ、触覚に注意を向けると安定するというのは、いろんなところに応用できそうに思いました。

服の着心地はどうかと感じるだけでも変わるのです。

その前日に麟祥院で平林寺の松竹老師がイスに坐ったまま坐禅したときに、明日の裏で畳の目を感じてみましょうと言われたことを思い出しました。

それだけで自ずと身体が安定するのです。

それから今度は、わたくしが立っていて、横から甲野さんに押してもらいます。

はじめに甲野さんは、わたくしの身体全体を意識してからだを押そうとします。

それに対しては、わたくしはかなり堪えることができます。

それが、甲野さんが触れているところ、皮膚表層だけを注意して押すと、わたくしは全く抵抗できなく押されてしまいます。

たとえば大きな扉を開けようとするときに、扉全体を意識して押そうとすると重たく感じたりします。

ところが手の触れているドアノブだけを引こうとすると、スッと楽に開けることができるのです。

触れたところだけ引こうとすると軽く開けられます。

荷物を持ち上げるときでも、重そうな荷物だと思ってあげると重たいのです。

荷物を持つときに、手に触れているところだけを持ち上げようとするとスッと持ち上げられます。

これも日常に応用できると思いました。

皆さんでもそれぞれ実感してもらいました。

これは更にいろんな場面にも応用できるかと思いました。

たとえば何か大きな問題に直面したときに、漠然と大きな問題だと意識していると困るだけになります。

でも手の触れているところ、今できそうなところ、少しでもやれるところだけに注意を向けて取り組めば、大きな問題も崩れてゆきそうに思います。

手の触れたところを押すというのは、大きな手がかりになります。

そのあとは、わたくしのイス坐禅を三十分ほど体験してもらいました。

いつも都内のイス坐禅では素足になってもらうのですが、この会場ではこれが難しいので、工夫してみました。

足で地面を感じてもらうにはどうしたら、いいのか、会場に着いてから考えました。

そこで、まずしばらく足を床から持ち上げてもらいました。

しばし、足を床に着けずに堪えてもらいました。

これはかなり不安定になります。

そうしておいて、まず右足の親指だけを床に着けてもらいました。

両足を着けない不安定なところから、片方の親指が着くだけでも安定します。

親指で地面に触れる感覚が得られます。

また足を上げてもらい、今度は小指だけを着けてもらいます。

そしてまた足を上げてもらい、今度は踵だけを着けます。

こういうことを行うと、足で床を踏んでいるのだと感じることができます。

それだけでも土台が安定します。

そのあとはタオルを使って肩をほぐして、仙骨と座骨を感じてもらい、股関節の引き込みを行ってみました。

股関節の引き込みには割り箸を使いました。

それで腰が立ちますので、そのまま坐禅に入りました。

このときも十分ほどでしたが心地よく坐ることができました。

終わって甲野さんに如何ですかと聞くと、もっと坐っていたいという気持ちだと言われました。

その気持ちが日常の姿勢を変えていくのだと思いますと伝えました。

それから二人であらかじめいただいた質問にお答えしてゆきました。

わたくしには、はじめに「坐禅を通じて、ここ最近で起こった気づきなどがあれば知りたいです」という質問がありましたので、垂直の発見についてお答えしました。

当たり前のことですが、垂直は重力の方向だということに改めて認識し直したことです。

それを坐禅の姿勢に活かせないかと今あれこれと工夫しているところですと伝えました。

甲野さんに教わりながら、わたくしが感じるのは身体に本来具わっている素晴らしいはたらきです。

禅はお互いが本来もってうまれたもののすばらしさに目覚め、それを大いに発揮して生き生きと生きることです。

その本来の素晴らしさを身体を通して感じることができます。

どのワークでも特別なことではないのです。

ただ気がついていなかったことを発見できるのです。

これが楽しみでもあります。

今回は、その身体が本来もっている素晴らしさを大勢の皆さんと共に体験することができました。

 
横田南嶺

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