ありのままでいいか – 其の三 –
「禅を読む、中国禅から白隠禅へ」というテーマでした。
ありのままでいいかという問題が中心となっています。
研究所理事長の松竹寛山老師の実践講座のあと小川隆先生の「カモは、飛んでドコへ行った?」という講義がありました。
そのあと更に柳幹康先生が登壇なされました。
柳先生は、東京大学東洋文化研究所の准教授でいらっしゃいます。
花園大学の国際禅学研究所の副所長でもいらっしゃいます。
柳先生は、この日のために膨大なパワーポイント資料を作ってくださいました。
「無字、そして隻手 宋代禅から白隠禅へ」というテーマでした。
まずはじめにお釈迦様の教えから説いてくださいました。
ガウタマ・シッダールタという方が今から二千五百年前にインドの北方、今のネパールでお生まれになりました。
釈迦族の王子であります。
何不自由ない暮らしをしながら、青年になったある日に、門を出て町にでます。
そこではじめ老人を見ます。
衰えた老人の姿をみて愕然としてしまいいます。
自分もそのようになるかと聞くと誰しもそうなると知ります。
いたたまれなくなって城にもどります。
今度は病人を見て、更に死人を見ます。
老いる苦しみ、病の苦しみ、死の苦しみをまのあたりにします。
最後の門を出て出家修行者を見ます。
これこそこの苦悩を解決する道だと知って、お釈迦様も出家し修行されたのでした。
悟りを開いて、ガウタマ・シッダールタはブッダと呼ばれるようになります。
このブッダが仏であります。
このようなお釈迦様のお話から始められましたので、私は拝聴しながら、日本の白隠禅師までたどり着くのだろうかとハラハラして聞いていました。
柳先生の次は私の講演でしたので、私の話の時間が無くなるのではないかと思ったほどです。
しかし、柳先生は、時間ちょうどどころか、時間のかなり前に講義を終えられたのでした。
パワーポイントを駆使して、次からつぎへと展開していくからこそできることかなと思いました。
仏教はそんな仏となったお釈迦様の教えであると同時に仏になる道でもあります。
ところが最初期の仏教では、お釈迦様は特別であって、われわれは仏になれないと考えました。
私達は修行して阿羅漢をめざすのだという教えであります。
我々は、今は凡夫だけれども修行して阿羅漢になるのを目指す教えが最初期の仏教であります。
やがて紀元前後に大乗仏教という新しい仏教が出てきます。
大乗仏教の一番大きな特徴は、私たちもブッダになれるという教えであることです。
仏になれると説いたのでした。
しかし、それが三阿僧祇劫という無限といっていいほどの長い年月がかかるのです。
十年や二十年という話ではありません。
それでも仏になれると説いたのは画期的でありました。
更に大乗仏教の中でも禅では私達はもとから仏だと説いたのであります。
そんなことは経典にも書かれてはいません。
そこで「教外別伝」といって、経典にも書かれていない真実が代々伝えられてきたのだと言ったのです。
「もとより仏だと言われても、皆さんそのまま悟れますか」と柳先生は聴衆に問いかけられていました。
「もとより仏」と言われてもさとれないのは、「もとより仏」という事実を見失い、仏らしからぬ不自然なことばかりをしているからだと説いてくださっていました。
そこで柳先生が長年研究されてきた永明延寿禅師の教えを説いてくださいました。
まずはお互い本来仏であると信じます。
起信です。
そのうえで仏にふさわしい行為を繰り返し行います。
修行であります。漸修といいます。
そうしていくと、仏の行いをしている自分の心が仏だと実感できます。
これが頓悟です。
しかし、まだ悪い習慣や癖が残っていますので、悪い行い、習慣を除き続けます。
これもまた漸修といいます。
そうすると、仏の行いが自然と身について自ずと行い続けるようになります。
これが頓修です。
大慧禅師は更に公案の工夫を取り入れられました。
まず静かに坐禅して無字の公案などに取り組みます。
これが看話です。
静処の工夫と言います。
それを日常の暮らしの中でも実践します。
これが鬧中の工夫です。
この公案を工夫する修行を静かに坐る時も日常も絶え間なく続けていくと、あるとき煩悩を打破して悟りを開きます。
これを打破漆桶と言います。
そのあとも更に残っている煩悩を取り除きます。
これが漸除です。
そうして仏の行為を行うのです。
これが随宜作仏事といいます。
大慧禅師は無字の公案をよく用いられました。
日本の白隠禅師も無字の公案で悟りを開きましたが、ご自身で独自に隻手音声の公案を創始しました。
片手の声を聞けというのです。
これを静かなところで工夫します。
更に日常の動いている中、動中でも工夫します。
そうしますと、見性といって悟りを開くのです。
しかしそのあとも、終わりではなく、人々に教えを説くことをしなければなりません。
人に教えを説かないのは自分だけがよければよいという考えがあります。
これはまず自分と他人を区別していることであり、我見が残っていることになります。
そこで絶えず教えを説く、法施を行い、更に仏道を求めて修行します。
法施を行うことを下化衆生といいます。
仏道を求めることを上求菩提といいます。
この上求菩提と下化衆生とをたえず連環して行い続けるというのが白隠禅師の禅であります。
人々に説くために学びつづけ、そして教え続けるのです。
ありのままでよいかということを柳先生はわかりやすく猫背の姿勢で説いてくださいました。
猫背の姿勢の人が猫背のままでありのままだと思ってはいけないのです。
猫背だと首も肩も負担が大きくなって凝りの原因になります。
それで姿勢を正そうとします。
はじめ正しい姿勢をしようとすると違和感があります。
それでも正しい姿勢を行い続けると、その法が楽だと自覚できます。
これが仏であることの自覚です。
しかしまたすぐに前の習慣で姿勢が崩れます。
そこで更にがんばり続けます。
そうすると意識しなくてもよい姿勢になり、それが真のありのままだというのであります。
延寿禅師に教えに則って、猫背の譬えがとても分かりやすかったのでした。
従来の大乗仏教では、今は凡夫だけれどもいつかは仏になるという教えでした。
それが禅ではもとから仏だと説きます。
ただそのことが自覚できていないのです。
凡夫のままでいいというようなありのままではありません。
真のありのままを目指します。
それは仏であることの自覚であります。
その自覚のための手法として看話禅が確立しました。
大慧禅師は無字をよく用いました。
白隠禅師は更に隻手の公案を創始しました。
さらに上求菩提と下化修行を絶え間なく循環させていくのであります。
教えを説くためにはますます学ばないといけなくなるのです。
横田南嶺