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臨済宗大本山 円覚寺

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2026.03.20
今日の言葉

ありのままでいいか – 其の一 –

ありのままでいいかという問題は、禅の歴史の中で何度も探求されてきています。

先日は禅文化研究所の春季講座を、東京湯島の麟祥院で開きましたが、この問題について学びました。

今回のテーマは「中国禅から白隠禅へ」という課題であります。

まずはじめに禅文化研究所の理事長でもある、平林寺僧堂の師家松竹寛山老師による体験講座から始まりました。

「体験講座 軟酥(なんそ)の法でボディスキャン」というものです、

はじめは基本作法から行いました。

合掌からです。指先を伸ばして両手の平を合わせて、「一、二、三」と三つ数えます。

それから問迅といって、背中を丸めずに腰から身体を下げてゆきます。

合掌した手が水平になるくらいに下げるのです。

下げたところで、ピタリと止めてまた「一、二、三」と数えます。

そして叉手当胸です。両手を胸のところにあてて重ねます。

右手が下で左手が上になります。

そしてまた「一、二、三」と三つ数えるのです。

これを何度も繰り返しました。

これだけの動作ですが、身体も心も調ってくるのを感じることができます。

次にイスに坐ったままの坐禅をしました。

椅子に坐るのに、まず地に足をつけて畳の目を感じるようにします。

これで土台が安定します。

次に背筋を伸ばして、肩の上にまっすぐ頭をのせます。

肩と首が安定します。

そして手に印(いん)を組みます。

握り合わせるのも、法界定印でも、あるいは膝の上に両手をのせるだけでもいいと教えてくれていました。

目は開けます。

老師は、ハッキリした意識と寝ている時の中間だと説明されていました。

それから呼吸を感じるのです。

呼吸を調えるとは仰らずに「感じる」と仰せになっていました。

感じると自ずと調ってくるのです。

そうすると心が調ってきます。

そして公案の参究にうつりました。

無門関の第一則である「趙州狗子」の公案を皆で実習しました。

これはもともと「犬に仏性はありますか」という問いに、趙州和尚は単に「無い」と答えたものです。

老師は、まずどうして「無い」と答えたのか考えるように仰いました。

これはまず思考することから始まるのです。

犬は畜生というし、あんな姿をしているから仏性はないのかななどと考えてみます。

考えるということで、いろんなことが気になって悩んでいたのが、ひとつの方向に向いてゆきます。

つぎに「ムー·ムー」と声を出します。

これを「ムー」になりきるといいます。

思考から身体感覚へと向いてゆきます。

これで色の世界から、無分別の空の世界へと入っていくのです。

さらに空の世界から、現実の日常万般へと展開していくのです。

ついで隻手音声という公案も実習しました。

これは「片手の音はなにかー」という白隠禅師が創始した公案です。

両手を打てば音がするけれども片手でどんな音がすると、言われると私達は、手へ意識が向かいます。

そでこ片手を無言で突き出すという所作、動作へと展開します。

この片手そのものになりきるのです。

これもまた現実の相対分別の色の世界から、無分別の空へと入っていくのです。

そこからまた現実の日常万般へと展開してゆきます。

公案禅参究のためのウォーミングアップとして、内観の法と軟酥の法を実習しました。

内観の法とは、「気海丹田(きかいたんでん)腰脚足心(ようきゃくそくしん)」と唱えて、自分の身体のお腹と腰と脚と足の裏を意識するのです。

明確に意識できるように、まず両手でお腹をさすり、腰回りをさすり、そして太もも、脚のすね、ふくらはぎ、足へとさすってゆきます。

これを気海丹田腰脚足心と言葉にしながらさすります。

これを繰り返すと、心を臍から下に置くことができるようになります。

次に軟酥の法を教えてくださいました、

まず両手で気のかたまりを作り出すようにします。

そして両手で作ったかたまりを頭の上に乗せます。

これがお薬だと思います。

その頭に乗せたクリーム状のお薬が、ジワー ッと流れ出してきます。

頭から首、肩、胸、背中、腹、腰、足へと順番に身体に浸み込んでゆきます。

そのお薬が身体全体に染み渡って、身体も心も健康になったと思うのです。

これはイメージを用いた方法です。

最後に老師は修行のプロセスとしてまずよく知って理解することから始まり、実際に行じてみて体得することだと解説してくださいました。

そんな実習を丁寧に行ってくださったので、身も心も調いました。

松竹老師の丁寧なご指導と、その真摯なお人柄によって、場も浄められたように感じます。

私も老師の講座を何度も体験させてもらっていますが、とてもよく出来ていると感じます。

内観の法も、ただ意識するというのではなく、実際に手でさすりながら行うとより一層意識しやすくなります。

そうして調ったところで、小川隆先生の講座が始まりました。

小川先生の講座は、「カモは、飛んで、ドコへ行った?」という題です。

はじめに小川先生は、禅とは何か、小川先生がお若い頃に岡山の曹源寺の和尚様が言われた言葉を紹介してくれていました。

小川先生はお若い頃にこの曹源寺で坐禅をなさっていたのでした。

その和尚さんが、禅という字をご覧なさい、ころもへんに単純の単と書いている、禅というのは単純が服を着て歩いているようなのが一番だと説かれたという話です。

これはおもしろい解釈です。

もっとも湘南葛藤集という書物にあることがもとになっているのです。

しかし、禅という字はころもへんではなく、しめすへんなので、間違ってはいるのです。

それでもあじわいのある言葉です。

唐代の禅僧馬祖禅師などは、お腹が減ったらご飯を食べてくたびれたら眠るだけだと説かれています。

これこそ実に単純が服を着ている生き方でしょう。

そのありのままでいいのかという問題について、学んでゆきました。

講座は午後一時から五時半まで四時間半に及ぶ長いものとなりましたが、とてもよく学ぶことができました。

 
横田南嶺

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