浄土対談
司会は、平岡聡先生であります。
法然上人鑽仰会で刊行されている月刊『浄土』の1000号記念の行事でありました。
テーマは「禅と念仏」で、私は禅の立場からお話させてもらいました。
このような会にお声をかけていただくことはとても有り難いことであります。
打ち合わせもあるので、一時間前に来るようにということで早めに増上寺にお参りしました。
大殿にお参りしてお念仏申し上げました。
大殿はなにもないときは中に入れますが、その折には法要中で外からお参りさせていただきました。
控え室で、静かに坐っていると、自分の身体の中に自ずと念仏が湧き上がってくるのを感じました。
長年坐禅や身体の研究をしてきましたので、何の特別な能力もありませんが、ただ自分の身体を空っぽにすることはいささか身についてきました。
空っぽにしていると、その場からの力が自然と身心に伝わってくるものです。
増上寺様は浄土宗の大本山ですので、お念仏が、その場に染み渡っています。
増上寺について『広辞苑』には、
「山号は三縁山。もと光明寺と称する真言宗寺院で、今の千代田区紀尾井町付近にあったが、1393年(明徳4)聖聡が浄土宗に改め、増上寺と称し、家康が徳川家菩提所と定めて1598年(慶長3)現在地に移した。以後、寛永寺と並ぶ江戸の大寺となり、全浄土宗の諸寺を管した。」
と書かれています。
四百数十年にもわたってこの場にあるお寺です。
お念仏の染み渡った場なのであります。
身体にお念仏が流れてくると、自ずと身心ともに安らかになってきます。
そのようにして自分を調えていると、小澤台下がお見えになりました。
やはり禅宗のお坊さんと違って、浄土宗のご法主と呼ばれる方は品格があられます。
穏やかな方でいらっしゃいます。
それから法然上人鑽仰会の会長は、鎌倉の大仏の高徳院住職の佐藤先生でいらっしゃって、控え室でご挨拶させていただきました。
会場に入ると、二百名以上の方々がお集まりになっていました。
はじめの自己紹介と挨拶で、今日はこのお念仏の場で、対談をさせていただくので、もう何があっても阿弥陀様に見守られているのだ、だいじょうぶと思って安心していますと申し上げました。
法然上人は、
「浄土宗の開祖。
諱は源空。美作の人。
父の遺言で出家。比叡山に入り、皇円・叡空に師事。
43歳のとき専修念仏に帰し、東山吉水で浄土法門を説く。
また、円頓戒の相承者として皇族・貴族らに授戒。
1207年(承元1)弟子の住蓮・安楽の死罪事件を契機として土佐(実際には讃岐)に流罪となったが、同年末には許される。著「選択本願念仏集」など」と書かれています。
私は個人的には日本の仏教の中で最大の方だと尊崇しています。
これほどの学と行を積み上げ完成された方はいらっしゃらないと思っています。
それでいてお念仏ひとつでよいと、僧俗を問わず多くの方に優しく説かれたのでした。
学と行と慈悲と完成された方だと思っています。
会場には法然上人の温和な御肖像がございました。
お念仏というのは、岩波書店の『仏教辞典』には、
「今日、「南無阿弥陀仏」と阿弥陀仏の名前を称える<称名>と同義に考えられているが、仏教思想の展開史上、念仏の意味・種類・用法はきわめて多岐にわたっている。」
とはじめに書かれています。
もともとは単に「南無阿弥陀仏」と称えるというものではなかったのでした。
『仏教辞典』には、
「初期仏教では、仏・法・僧・戒・施・天を思念する六随念やそれを発展させた十随念の第一<仏随念>のことを<念仏>といい、心を集中させて仏の十号を憶念することを意味した。」と、
文字通り、仏様を念じたのであります。
また「般舟三昧経では禅定 (三昧)中で一切の諸仏が目の前に現れること(見仏)を目的としてひたすら仏に思いを集中させる<般舟三昧>(念仏三昧)が説かれ」とも書かれているようにいろいろのお念仏がありました。
般舟三昧とは「戒を保ち、人里離れた静処に居して西方極楽国において現に説法しつつある阿弥陀仏を一心に想念すること七昼夜に及ぶならば、覚醒時にあるいは夢時に仏現前するという」ものです。
お念仏はひとつの行でありました。
それが、阿弥陀仏の名を称えることを念仏とするのは、中国の善導大師によってでありました。
日本の浄土門では、念仏はもっぱら「南無阿弥陀仏」と称えることとなっています。
平岡先生の司会によって、禅における出家と在家の違いから聞かれました。
私は、修行は在家でも出家でも同じように出来るものであると申し上げました。
ただ多くの人々に伝えるということに専念できるのは出家であると申し上げました。
お念仏も阿弥陀様に救われるということでは、出家も在家も差はないと小澤台下は説かれていました。
ただ出家というのは、教えを正しく学んで多くの方を導く役目があるのだと教えてくださいました。
私は台下のお話を聞いていて、船の船頭さんのようなものかなと思いました。
船に乗って向こう岸に行くことは同じでありますが、船頭さんはしっかり船を漕ぐことを身につけて多くの方を安心して向こう岸に導くお役目であります。
また禅は難行であり、念仏は易行だと説かれますが、実際にはどうなのか、などについても話し合いました。
それぞれの教祖観についても問題提起されました。
私はいつもよくお話する、禅は教祖と聖典のない宗教だということを申し上げました。
また今ここを大切にする禅にとって来世はどんな意味を持つのか、また来世の往生を説く浄土門の教えにおいて今世で生きる意味は何かなども話し合いました。
禅の死生観についても聞かれましたので、私はいつもお話する風船の譬えをお話させてもらいました。
二時間という長い時間と思いましたが、平岡先生のお見事な司会で広範な問題について話し合うことできました。
最後に二人にとって幸せとは何かと聞かれましたので、私は今日ここで皆さんに会えて幸せですと感謝申し上げました。
禅では今ここにあることをお浄土と受けとめています。
まさにお浄土でのありがたい対談でありました。
横田南嶺