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臨済宗大本山 円覚寺

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2026.03.01
今日の言葉

道は励むものでない、汚しちゃならぬ

二月の末に小川隆先生にお越しいただいて、中国禅宗史講義の第六回を行っていただきました。

今回は、いよいよ馬祖の禅について学びました。

まず前回保唐寺無住禅師の教えを学んで、そのあと馬祖禅師の教えを学びますので、時系列で無住禅師のあとに出られたのが馬祖禅師だと理解していましたが、これがなんと同じ時代だったと知りました。

馬祖禅師が西暦七〇九年のお生まれで、七八八年にお亡くなりになっています。

無住禅師は西暦七一四年のお生まれで、七七四年にお亡くなりになっています。

無住禅師は馬祖禅師よりも五年ほど後に生まれて、一四年早く亡くなっているのです。

無住禅師は、浄衆寺無相禅師のお弟子なのですが、宗密禅師の書かれた書物には、馬祖禅師も無相禅師の弟子であったという記述があるのです。

その後に、南嶽禅師について悟ったというのです。

もっともこれは宗密禅師の書物にのみ出ていることだというのでした。

この馬祖禅師の門下が栄えていって、臨済禅師もその系統から出ることになるのです。

白居易の文章「伝法堂碑」に、達摩大師が慧可に、慧可が僧璨に、僧璨が道信に、道信が弘忍に、五祖弘忍が慧能に法を伝えて、慧能が南嶽に、南嶽が馬祖に伝えたと書かれているのです。

かくして禅宗の系譜が完成したのでした。

はじめからこの系譜が歴然としてあったのではないのです。

形成されていったのでした。

そんな経緯を学んできました。

馬祖禅師の言葉に、「道は修するを用いず、但だ汚染すること莫れ。何をか汚染と為す? 但有(あらゆ)る生死の心、造作・趣向は、皆な是れ汚染なり」というのがあります。

小川先生は軽妙に「道は励むものでなし、汚しちゃならぬ」と訳していらっしゃいました。

では汚れとは何か、それは生死の心です。

生に執着して死を嫌う心だと小川先生は説明してくださいました。

そもそも生と死と二つに分けることが汚れだと馬祖禅師はおっしゃりたいのだと察します。

馬祖禅師の言葉は、恐れ多いのですが、私が長年坐禅してたどり得たところを最もよく言語化してくれていると感じるのです。

死の問題に疑いをもって坐禅をしてきたのですが、そもそも生も死もふたつに分けられるものではないことがはっきりしたのでした。

生もなければ死もないというのが結論でした。

仏心は生き死にを超えているのです。

造作は、つくることです。

趣向は向かって行くことです。

道はこしらえたり、向かって行ったりするものではないというのです。

道は、宇宙大、無限大であり、向かっていくような対象物ではない、自分もまた道の一部分なのだと小川先生は説いてくださっていました。

水母が海水浴に行くようなものだとも仰せになっていて、これはおもしろい譬えだと思いました。

水母は身体の中も海水、身体の外も海水、中も外も薄い膜に隔てられているだけで同じ海水に充たされています。

そうならば、水母が海水を浴びようと出かけることはないのです。

道を体得するといっても何かを得るわけではありません。

ありのままが道なのです。

馬祖禅師の教えは即心是仏と言います。

汚れとか清らかとか分けることをしないのです。
迷いと悟りを分けることもないのです。

生きた心のはたらき、まるごと全体が、そっくりそのまま仏なのだという教えです。

修行によって清められたり高められたりするものではないのです。

行くも坐るも歩くも横になるも皆道なのです。

貪瞋癡というと、三毒といって、煩悩として払い除く対象のように説かれることが通常なのですが、馬祖禅師の教えでは、その貪瞋癡の三毒も全体まるごと仏性だというのであります。

仏とは何かと問うて、馬祖禅師が即心是仏と答えられたその一言を聞いて悟り、その後深く大梅山の奥深くに入って、わずかの穀物を食らいながら山を下りなかった僧がいました。

これが大梅法常禅師です。

『祖堂集』には、仏とは何でしょうか、ほかならぬあなたの心がそれだと示され、法とは何かと問うても、やはりあなたの心がそうだと示され、更に僧とは何かと問うてもまた、ほかならぬあなたの心がそれだと示されたと書かれています。

その後山にずっと入っていて下りることはありませんでした。

ところが馬祖禅師の法を嗣いだ塩官禅師のところで修行していたある僧が、塩官禅師の拄杖を作るための木を探して山に入って道に迷いました。

そこで一人の僧に出会います。

剃髪もせず長髪を束ねて木膚葺きの小屋に住んでいました。

挨拶しようとしますが、その僧は言葉を発するにも、とぎれがちだったようです。

長らく人と話もしていなかったのかと察します。

かつて馬祖禅師に会ったと言います。

その僧にしてみれば、自分の師匠のそのまた師匠に出会っていることになります。

ここにどれほどお住まいですかと尋ねても、ただ四方の山が青くなって黄色くなるのを眺めていただけだと言います。

三十年ほどになろうかというのです。

下山の道を問うと、ただ流れに随ってゆけと言われました。

その僧は塩官禅師のもとに帰って事の子細を伝えました。

塩官禅師は、かつて馬祖禅師に仏とは何かと聞いて、即心是仏の答えで悟り、山に入ったまま三十年あまり行方の分からない人がいたが、その人ではないかと言いました。

門下の数人に命じてもう一度山に入らせます。

もし出会えたら、馬祖禅師は近頃非心非仏と説いておられますと伝えよと言います。

そう伝えると、その僧は、「師が非心非仏であろうが、ワシは即心是仏だと答えました。

その言葉を聞いて塩官禅師は梅の実が見事に熟れておると言ったのでした。

皆に出かけていってその梅の実を摘み取ってくるがよいと伝えました。

大梅禅師のことがしれたので、訪ねる者も増えて、わずか二三年のうちにこの大梅禅師に参じる者が何百人もなったのでした。

それからは修行僧の機根に応じて流れる如くに接化の語を説かれたというのです。

『祖堂集』の記述については、小川先生の『禅僧たちの生涯』を参考にして抄訳させてもらいました。

私も修行時代には、こんな大梅禅師の境界に憧れていたことを思い起こしました。

今も馬祖禅師の教えに触れると血湧き肉躍る思いが蘇るのです。

 
横田南嶺

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