水平と垂直
垂直というのはどういう意味なのか、改めて『広辞苑』を調べてみると、「重力の方向」と解説されていました。
私は地面に対して九十度という説明かなと思っていました。
重力とは何かというと、「地球上の物体に下向きに働いて重さの原因になる力」とあります。
垂直の対になる言葉が「水平」です。
水平を調べて見ると、
静かな水面のように平らなこと。上がり下がりがないこと。傾きのないさま。
地球の重力と直角に交わる方向。
と解説されています。
重力がもとになっていて、それに直角なのが水平なのです。
私はなんとなく、水平に対して直角なのが垂直だと考えていました。
ともあれ、この地上に生きている限りは重力の影響をうけているので垂直と水平という二つはとても大切なものです。
先日は、井上欣也さんに個人で稽古をつけてもらっていました。
ここしばらくは修行僧達皆にご指導いただいていたので、私が個人で教わるのは久しぶりであります。
井上さんは、身体探究者であり松聲館技法研究員でいらっしゃいます。
ヨガも教えておられて甲野善紀先生について長く学ばれて、甲野先生からも高く評価されている方です。
井上さんにいろいろ教わってもう三年目になります。
私もいろんな方にお目にかかるので、その身体の様子にも自ずと注意しているのですが、井上さんほど、身体に力みや凝り、偏りのない方は少ないように感じます。
実に自然体で、どこにも力みがないのです。
こういう方には接しているだけでもよい影響を受けるものです。
今回も久しぶりの個人稽古で何を教わろうかな、何を教えてくれるだろうかと思いながら、はじめにお茶を飲みながら話をしていて、水平と垂直の話題になりました。
そこで是非と垂直と水平について教わりたいとお願いしました。
私が身体の研究をするのは、ひとえに坐禅の為であります。
どう坐禅するか、坐禅ひとつの探求でしかありません。
何を教わっても、何を行っても、坐禅とどう関わるのかと考えています。
そこで垂直と水平というと、まさに坐禅なのだと思ったのでした。
垂直は脊梁骨、背骨の垂直です。
水平は大地にしっかり接して坐っているところです。
垂直と水平、これこそ坐禅の要領なのです。
今回は久しぶりに「杖」を用いて稽古をしました。
こういうひとつの道具を使うと、より一層深く身体について学べるのです。
「杖」を使って垂直性、水平性についてそれぞれ稽古を繰り返しました。
垂直をはっきりと意識して保つことができるようになると姿勢が変わってきます。
これはまさしく重力の方向ですので重力を感じることです。
「杖」の両端をお互いに握って、水平に押すということを行いました。
これが簡単のようで難しいのです。
押そうとして力をいれると、水平の方向ではなくなって斜め下に力が入ってしまいます。
水平に力を入れようとすると、力で行ってはうまくゆきません。
手も杖を握らずに、軽く沿わせているくらいにして、すっと水平方向にだけ押すのです。
こんな稽古を繰り返して水平を学んだのです。
坐禅も垂直と水平ならば、礼拝はまさに垂直と水平を繰り返す実践です。
垂直に伸びて垂直にしゃがんでゆきます。
両膝をついて、今度は水平に身体を伏せます。
そこで水平に背中を伸ばします。
また身体を垂直に起こして、垂直に立つのです。
この立ったり座ったりもいろいろと教わりました。
私は垂直をできるだけ保つようにと、垂直に背骨、腰を下ろしていって、しゃがむ姿勢から両膝を一度につくようにしています。
実際には、やはり右左と膝を交互につけるようにした方が坐りやすいと思います。
立ち上がるときにも私は両膝を一瞬に持ち上げて、背骨を垂直に持ち上げるようにしています。
礼拝で垂直と水平を繰り返すと姿勢が調うのです。
この垂直と水平がそのまま坐禅になります。
垂直性の出発点は、背骨ではなく骨盤にあります。
骨盤、仙骨です。
この仙骨が後傾すると、腰椎の自然な前弯が失われ、背中が丸まります。
これでは頭が前に落ちて、垂直が崩れるのです。
反対に、仙骨を無理に前傾させ過ぎると、腰が反り、腰背部が緊張して垂直が崩れます。
これでは長時間坐ることが難しくなります。
大切なのは、仙骨が垂直に静かに立つことです。
仙骨は背骨の土台であり、いわば「柱の礎石」です。
座骨が左右均等に床を捉え、その上に仙骨がすっと立つと、背骨は努力なしに積み上がります。
垂直性というのは「力んで伸ばすこと」ではなく、重力の線と一致することです。
頭頂が天に向かい、尾骨が下に沈む方向です。
この上下の張力が均衡したとき、身体は最も安楽な姿勢になるのです。
水平性は、坐禅の場合は両膝です。
両膝が地面につくので、そこで水平性が保たれます。
また座骨も水平を保ちます。
両肩も水平を保ちます。
垂直は、仙骨が立ち、背骨が伸びること、水平は骨盤が安定し、左右が広がることです。
垂直は上へと伸びる力であり、水平は横に広がる力です。
この二つが同時に働くとき、坐禅の姿は十字のかたちとなります。
また垂直性はどこまでも高いところを目指す志とも言えます。
上求菩提です。
水平性は慈しみともいえるでしょう。
下化衆生でもあります。
この二つの実践が坐禅そのものであります。
垂直と水平、この二つを意識すると日常の身体の使い方も変わってくるものです。
その日は、杖を用いて垂直と水平の稽古から、武術でいう「いつかないこと」、「浮きをかける」ことなどを実習しました。
二月とはいえ汗ばむほどの陽気で、よい稽古ができました。
こういう研究をもとにしてイスでどう坐るか、寝る禅はどうしたらよいのかを工夫しています。
横田南嶺