充実のイス坐禅
今回で、第三十三回となります。
この頃ははじめに前回のイス坐禅を体験された方の感想や質問を紹介しています。
今日は、個人的に掌の感覚を大事にして坐ったという感想がありました。
前回の時に、皆さんに鳩サブレーをお配りして、その鳩サブレーを手ぬぐいで包んでソッと両手で挟むということを行いました。
これで手が変わるのです。
大事なものをそっと包みこむようにすると、手の平が優しく調います。
それで全身も変わるのです。
その手の感覚を大事にして、仙骨をさすったり、法界定印も手の平の感覚を大事にしたまま行うと、「心が落ち着きながらも、ボーッとせず意識が冴えた感覚が堪らなく良かった」という感想がありました。
これは素晴らしい表現です。
その通りで、落ち着くあまりぼーっとしてはもったいないのです。
それでいて冴えているのです。
そんな感想を紹介して、早速その日に皆さんに差し上げたごまのせんべいを手に挟むようにしてみました。
今回は、私がいつも教わっている西園美彌先生の『魔女トレ』からの応用を行ってみました。
日貿出版の『魔女トレ (足元にある、動きの「素」) 』は素晴らしい本です。
大切な言葉がたくさんちりばめられています。
そこでも説かれていて、西園先生にも何度も教わった目の使い方を私なりに工夫して行ってみました。
西園先生は『魔女トレ』の本にも、
「重要なのは「目の表面」で見ずに、ちょうど目の真裹にあたる「後頭部から見る」ことを意識することです。
「視線を送る時は、頭の後ろから(目を経由して)見なさい」。私はバレエの師匠にそう教わりました。」
と書かれています。
私は実際に、目を閉じてまぶたの上に、人差し指中指薬指の三本をそっとあてて、目がじわっと奥の方に引き込まれているように意識してみましょうと行ってみました。
目は何かを見ようとして絶えず緊張し前に出ようとしている感じです。
それをそっと落ち着かせ緩めてあげるのです。
そうして今回は腰を立てるということの実際を丁寧に行いました。
腰を立てることは大事です。
森信三先生も「腰骨を立てる」ことをとても大切に説かれています。
ただ漠然と腰を立てようとすると余計な筋肉を使って腰が張ったり、時には痛くなったりもします。
そこで腰を立てるということを、
座骨で坐る
仙骨を立てる
股関節を引き込む
という三つに分けて解説しました。
座骨を感じるだけでも座骨で立ってきます。
仙骨は後ろに手を当ててさすってあげます。
それだけで仙骨は立ち上がってきます。
それから股関節の引き込みです。
これは立って両手の小指を鼠径部にあててもらい、膝を少し曲げ、お尻を後ろに突き出すようにして、股関節を引き込んで鼠径部に入れた小指を挟んでゆくのです。
この動きを何度も繰り返しました。
そうしておいて、お尻をイスに乗せて股関節を引き込んだまま、上体を起こすようにするとそれだけで腰が立ってすっきりと坐れるのです。
時間の無いときに何かひとつ行うとしたらこれだと思います。
そのあと首をほぐし肩を動かしてみぞおちを緩めてから足の指を調えました。
今回はかなりの時間をかけて足指を丁寧に動かすように工夫しました。
直径三センチほどのゴムのボールを用意して、一本ずつ指で押さえることをしました。
手で指を曲げたり伸ばしたり、回したりするのもいいのですが。指自身の力で動かそうとするのがいいのです。
一本ずつ指でボールを押さえつけるようにします。
この指に力が入ると、お腹にある丹田も充実してくるのです。
まさに西園先生が説かれるように足と丹田は直結しています。
それから今回初めて試みたのが、尾骨の下を持ち上げることです。
これは前回西園先生の講座で尾骨の下にテニスボールを置くというのを行ったのでした。
とてもいいのです。
ただテニスボールの大きさと、堅さに私は少し違和感を覚えました。
そこで工夫して、三センチのゴムのボールを下において、その上に小さくたたんだタオルを置いて、その上に尾骨が当たるようにしてみました。
これで尾骨を下から持ち上げてくれるようになり、その反力で腰の骨は下に下がるようになります。
更に頭のてっぺんに手ぬぐいを小さくたたんで乗せてみました。
かすかな重さですが、重さを感じると頭もその重さを支えようと上に伸びる感じがします。
そうして股関節を引き込んで坐りました。
そうすると頭のてっぺんから足の先まで実に充実して坐ることができました。
自分自身も自分の体の充実ぶりに驚くほどでした。
西園先生はよく「つながる」という表現をなされます。
『魔女トレ』の本にも「私が理想とするのは「つながっている身体」です。神経でつながっている身体ともいえます。神経がつながっていると、動きに連動が起こります。連動とは身体の各部位が順番通りに動いているということです」と書かれています。
まさに頭のてっぺんから足の先までつながったという感覚なのです。
このようにつながりが感じられると、自分の体が固体であるという意識が消えます。
つながり、調った状態だと固体がなくなり、この世界にとけ込んだ感じになります。
つながっていない、違和感があり、ゆがみがあると、この固体の意識が強くなります。
これが自我意識にも関わると思っています。
よく調え、つながり充実して坐れることは、自我が消えて世界にとけ込む感覚になれるのです。
かくして今回も自分自身としては今までにないほどの充実したイス坐禅となったのでした。
横田南嶺