二種の苦労人
あまりこういうご依頼を受ける事はないのですが、『イス坐禅』の本を出版してくれたインターブックスさんのご縁でありました。
アイアンクラブというのは、鉄鋼メーカー、商社、物流など鉄鋼業に関わる各分野の企業のOBと現役を対象とした親睦団体です。
講演会も催しておられるそうで、私も講師として招かれたのでした。
「心を調える禅、禅宗の本分、イス坐禅の実践」というテーマで、お話をして更にイス坐禅の実習を行いました。
まずはじめに自己紹介を兼ねて、私の生まれた家がもと鍛冶屋であって、その後鉄工所に転じて、私自身が鉄と深いご縁があることから話を始めました。
それから禅の道に入ったことから、禅の教えとはどのようなものか、インドから中国にかけて、仏教がどのように発展してきたのか、そしてその禅が日本に伝わって、日本においてどのような影響を与えてきたのかをざっとお話したのでした。
それから実際に心を調える内容として『天台小止観』に書かれている内容に触れました。
そんな話をしておいて、実際にイス坐禅を行いました。
30分ほどの時間ですし、ご高齢の方も多いので、そんな難しい動きはせずに、首や肩をほぐしておいて、そのあとは股関節の引き込みをしっかり行って、股関節を引き込んでイスに坐ることを重点的に行いました。
これだけでもかなりきついというお声も聞こえたほどです。
しかしながら、股関節をしっかり引き込んで坐るようにすると皆さんとても姿勢がきれいになります。
そうして呼吸を調えてしばし坐ったのでした。
毎回のことですが、短い時間の坐禅であっても体をよく調えて坐ると、自分自身がとても心地よくなって身心共に調ったと実感します。
そんな講演と実習を終えて寺に戻りました。
寺に戻ってからは修行僧達と『修身教授録』の勉強会を行いました。
今回選んだのは『修身教授録』の中で「二種の苦労人」という一章でありました。
皆で一段落ずつ読んでいき、皆でどの言葉に感銘を受けたか、どんな感想をもったなどを話し合います。
この「二種の苦労人」についてはかつてこの管長日記にも書いたことがあります。
調べてみると二〇二〇年と二〇二二年と二回書いています。
二種の苦労人とは、どんなものかというと、森先生のお言葉によれば、
「苦労したために、表面的なおめでたさや甘さがなくなると共に、そこに、何とも言えない柔らかな思いやりのある人柄になる人と、
反対に苦労したことによって人間がえぐくなって、他人に対する思いやりが、さっぱりなくなる人とがあるようです」
という二種類なのです。
森先生は、その当時大阪天王寺師範という今の大阪教育大学で教鞭をとっておられました。
その生徒さんたちに語られたのです。
更に具体的に、
「たとえて申せば、諸君らとしては、かつて一、二年生の頃に、三、四年生の人たちから、色々と小言を言われたり、悲しい思いをさせられたりして、それが非常に辛かったことでしょう。
ところが今や自分たちがその位置に就いてみると、かつての日、自分たちがされたようなことは、今の一、二年生に対してはしないようにしてやろう。
つまり自分たちと同じようなつらい思いを、再びさせるには忍びない。もしまたそれが、この学校における伝統的な弊風であるなら、自分らのクラスの力によって、こうした悪伝統の鎖を断ち切ってやろうということになれば、それは苦労というものが、よく生かされた場合でしょう。
しかるにこれに反して、「なんだ。これくらいのことは、自分らだってやられて来たことなんだ。だから今の一、二年生が、それをやらされるのは当然さ」と言い、さらにひどいのになると「僕等だってかつてやらされてきたんだから、今やる位置になった以上、やらなきゃ損だ」と、かように考えるに至っては、まったく言語道断だというもので、ここに、同じく苦しみをなめながらも、それによって得るところは、まったく天地の差を生ずるわけです。」
と説かれています。
私なども修行道場において「弊風」を改めようと努力してきたのでした。
六年前の二〇二〇年にも同じようなことを書いています。
「私も二十年努力してきたおかげか、先日も僧堂の雲水たちに、今現実に僧堂の暮らしで、弊風と思われることがないか話し合いましたが、私などの頃には、そんなことは山のようにあったのですが、考えないと思いつかない様子なのでした。
多少は苦労してやってきたかいがあったかと思いました。
それでも、まだ弊風として残っているのは、ご飯を早く食べることだと話し合いました。
早く食べることは、体によくありません。よく噛んで食べる方がいいのは当然です。
私もこれはよくないと思いながらも、長年染みつかされた習慣でしたので、未だに断ち切ることはできませんでした。
これからは、この弊風を断ち切ろうと皆で話し合ったのでした。
せっかくの修行を、よい人格を育てる方向へと導きたいものであります。」
と書いています。
まだ早く食べるという弊風が残っていたことが分かります。
しかし、これも克服してきました。
その二年後の二〇二二年には、この一章について話し合っても
「今回は、誰一人として弊風を改めるというところに着目した者はいませんでした。
これはほとんど弊風と思われるものがなくなったからだと思います。」
と書いています。
今回も私が今まで弊風と思われたことを改めてきたことを話しても、修行僧達はまるで遠い昔話を聞いているかのような反応でありました。
二十六年にわたって些か努力をしてきたかいがあったかと思ったのでした。
森先生は同じように苦労しても、人間が優しくなって人に対して心から同情できるようになる場合と、逆にひねくれたり、冷たくなる場合があるのですが、その違いは自己を反省するかどうかにかかっていると説かれています。
そして自己を反省するには、生まれつきということもありますが、道を学ぶ、道に触れることが大事だというのです。
道、教えにであわないと、自己を反省するようにはなりません。
修行においてもやみくもに苦労するのではなくて、ブッダの教え、禅の語録で説かれている教えをよく学んで修行することが大事だと話し合ったのでした。
横田南嶺