生をこの国土にうけて
建国記念日だからといって選んだわけでもないのですが、「生をこの国土にうけて」という一章について勉強していました。
はじめに腰を立てて、しばし瞑目して心を調えます。
それから、一人ずつ一段落を読んでゆきます。
そのあと、一人ずつ自分が感銘を受けた言葉と、それについての感想を述べます。
最後に私が総評をしながら話し合うというものです。
この一章のはじめに島木赤彦の和歌が紹介されています。
高山の頂にして親と子の心相寄るはあはれなるかな
という和歌です。
島木赤彦は、明治大正時代の歌人です。
斎藤茂吉らと「アララギ」を編集されています。
この和歌を読んだだけでは、私はあまり心に響かなかったのですが、森先生の解説を読んで深く理解できました。
森先生は、「これは歌人赤彦が、わが子と一緒に日本アルプスに登った際、その頂上でおり悪しく雨に出合って、寒冷な高山の雨に濡れた身を、小舎の中へでも入って、親子がじかに体と体とが触れ合うことによって、初めてそこにこれまで感じなかった恩愛の情を、ほの温かい肉体の温かみを通して感じたその感じを詠んだものでしょう。」
と書かれています。
こういう解説を読むと、その情景がありありと思い浮かび、いい和歌だなと思いました。
島木赤彦には、『太虚集』という歌集がありますが、そこには入っていないそうです。
森先生は、「『島木赤彦全集」の「拾遺」の中から、私が第一に拾い上げた歌がこれなんです。なかなかよい歌でしょう」と語られています。
森先生のこの一章のはじめには、
「われはひとり人間としてこの地上に生まれたばかりでなく、この日本の国土に生まれたということは、さらに大きな喜びでなくてはならぬと思うのです。」という言葉から始まっています。
この一事の大切を説いている一章であります。
終わりの方には、
「われわれが日本民族の一員として、この国土に生まれて来たということは、無量の因緣の重なり合った結果であって、それこそ民族の歴史に深い根ざしを持つわけであります。
したがって私達がこの国を愛するということは、必ずしもこの日本という国が、優れた国だからということよりも、むしろ先にのべたように、われわれにとっては、まったく抜きさしのできないほどの深い因緑があるからだと言うべきでしよう。」
という言葉があります。
この言葉に感銘を受けたという修行僧がいました。
仏教的に見てもこの世に生をうけるということは、無量の因縁が折り重なり合ってのことだと言えるのです。
森先生は、「いろいろの国々と比較して、日本がいい国だからというような、そんな水臭い考え方から言うのではなくて、まったく切っても切れない深い因緑が結びつき、重なり合っているからであります。同時に、ここに腰をすえるんでなければ、口先だけで「愛国々々」と言ってみても、それはわれわれの五体に根ざした、真の力を持つものではないと思います。」
とも語っておられます。
この言葉に注目された修行僧もいました。
今の時代は、「愛国」という言葉を口にするのも憚られる感じがあると言っていました。
しかし、この国に生まれたということを否定することはできませんし、仏教的に見ても、深い因縁の結びつきなのです。
それから「現に私が、今かように話をし、また諸君が私の話を聞きつつあるこの瞬間といえども、われわれの全身を回っている血液は、お互いにそれぞれの父母から受けた、日本人としての血液に外ならぬのであります。これ『孝経』に「わが身は父母の遺体」と言われているゆえんであります。」
という言葉に注目した者もいました。
この体は両親からいただいた大切なものであります。
それから、私たちが普段この国に生をうけたことをほとんど意識せずに暮らしているのは、空気がなくては暮らしていけないのに、ほとんど空気を意識していないのと同じだとも説かれています。
それは食べ物でも同じだというのです。
森先生は、
「われわれは平生日に三度の食事を欠くことは滅多にないために、食事をするごとに、自分はこの一粒の飯によって、わが生命を支えられているんだ、というような感謝の念は、容易に持ちにくいわけです。
ところが何かのつごうで、仮に一食でも食事の欠けるような場合には、非常にひもじがり、さらには「こんなにしてこれで身体に障らねばよいがー」などと案じるのです。
いわんや二度、三度と欠けるようなことでもあれば、それこそ「もうこれで自分も死ぬのではあるまいか」などと思うようにもなるのです。ところが、それ程でありながら、平生は、こんなことは夢にも考えないで、うまいのまずいのとぜいたくばかり並べているのです。」
と説かれています。
修行僧の中には摂心の間に断食したり、あるいは一日一食か二食にする者が多いのですが、そのような時には食事のありがたさをしみじみ感じるけれども、いざ摂心が終わって日常に戻ると、食事のありがたさを忘れて、「うまいの、まずいの」と言ってしまっていると反省している者もいました。
この国土に生をうけた意味をみんなでいろいろ考えてみました。
森先生は、「わが国の気候が温順なことの外にも、その国土が島国であったということが大きく働いていると言えましょう。すなわちそのために、他国と地続きの国々のように、外敵の侵略を受けなかったことが、大きくそこに作用していることを認めねばならぬと思います。」とも語っておられます。
このことに注目した修行僧もいました。
最後には、この国のよい面ばかりでなく、よくない面もあるのではないかと話し合いました。
問題点はないかということです。
いろんな事が指摘されました。
若者の自死が多いということ、日本には資源が少ないこと、人口が減少し続けていること、経済の発展が難しい状況なことなどがあげられていました。
よい面ばかりでなく、よくない面も見つめて、お互いどう生きたらよいかと話し合ったのでした。
やはり今を丁寧に生きることだと、禅僧らしい考えも示されていました。
横田南嶺