熊野詣で
念願のお参りができました。
それが玉置神社であります。
先日久しぶりに熊野三山にお参りしました。
熊野三山は、熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社であります。
私は熊野速玉大社のすぐ門前で生まれ育ちました。
那智には子供のころからよくお参りしていました。
本宮大社も何度もお参りしています。
しかしながら玉置神社にはいまだかつてお参りしたことがありませんでした。
念願かなってのお参りでした。
玉置神社は、熊野三山の奥の院とも言われています。
秘境であり、霊地であります。
はじめに熊野本宮大社にお参りして、大斎原にもお参りしました。
本宮大社もまた澄んだ気に満ちあふれています。
寺で坐禅するのも身心ともに澄み渡る体験ができますが、こういう霊地に来ると、その場で息をするだけで身も心も清まります。
実に一瞬で身心が入れ替わる思いがします。
本宮大社は、熊野坐神社(くまのにますじんじゃ)と言います。
和歌山県田辺市本宮町にある元官幣大社。祭神は家都御子神(けつみこのかみ)です。
家都御子神は、素戔嗚(すさのお)尊の別名とも言われます。
大きな鳥居をくぐって、参道から階段を上ったところにお社があります。
その鳥居から階段に至る道も実に幽邃であります。
途中で手と口とを清めてお参りします。
中央が証誠殿で家津美御子神(素戔嗚尊)がお祀りされています。
神道の作法に則って拝礼します。
その右には速玉の神様がお祀りされています。
左右それぞれにお参りします。
莊嚴としかいいようのない聖地であります。
お札や八咫烏のお守りを求めてきました。
八咫烏について、看板に解説がありました。
「熊野では八咫烏を神の使者と言われています。
三本足とは熊野三党(宇井·鈴木·榎本)表わすとも言われ、当社では主祭神家津美御子大神(素盞嗚尊)の御神德である智·仁·勇 又天·地·人の意をあらわしています。
烏は一般に不吉の鳥とされてきているが、方角を知るので未知の地へ行く道案内や、遠隔地へ送る使者の役目をする鳥とされており、熊野の地、神武天皇御東征の折、天皇が奥深い熊野の山野に迷い給うた時、八咫烏が御導き申し上げたという意があります。」
と書かれています。
その看板にも日本サッカー協会のマークにもなっていることも書かれていました。
それから私にとって大事なのが一遍上人であります。
一遍上人が、この熊野本宮にお参りして御神勅をいただいたのでした。
一遍上人が念仏札を配る行脚をなされていました。
文永十一年(1274)の夏、高野山から熊野本宮大社へ向かう途中で、一人の僧に念仏札を渡そうとします。
しかし、その僧は、信心が起きていないのに受け取れないと断ります。
一遍上人は無理に念仏札を渡しますが、悩んでしまわれました。
そして熊野本宮大社に着いて証誠殿の御前で祈り続けました。
すると夢の中に、白髪の山伏の姿をした熊野権現(阿弥陀如来)が現れました。
そして「融通念仏を勧める聖よ、何と念仏を誤ってお勧めになることか。
御房の勧めによって一切衆生がはじめて往生するものではない。
阿弥陀仏が十劫という遠い昔悟りを開かれた時、すでに一切衆生の往生は南無阿弥陀仏と定まっているのである。
信と不信を取捨せず、浄も不浄もきらわず、その札を配るがよい」とお示しになったのでした。
そんな縁のある熊野本宮であります。
ただ、このとき一遍上人がお参りしたところは、今の場所ではありません。
それは大斎原というところであります。
大斎原というのは、熊野川・音無川・岩田川の合流点にある中州であります。
もともと熊野本宮大社は、この中州にあったのでした。
それが、一八八九年(明治二二年)、熊野川の大洪水によって建造物が倒壞しました。
辛うじて倒壞を免れた上四社(三棟)を北西の丘陵に遷したのでした。
それが今の本宮大社になっています。
ここに一遍上人の「南無阿弥陀仏」と書かれた大きな石碑がございます。
大斎原には、大きな鳥居があります。
この大鳥居もとても迫力のあるものです。
大斎原に入ると、社殿はありませんが、ここに神が降り立ったことを感じさせられます。
素晴らしい神域であります。
本宮にお参りして、更に奈良県十津川村にある玉置神社にお参りすることができました。
ここは秘境と呼ばれるだけあって、車で登ってもたいへんな山道であります。
駐車場で降りて大きな鳥居をくぐってからも長い長い山道を歩きます。
この本殿に至る過程がまたいいのです。
ようやくの思いで本殿にたどり着いたときにも感動しました。
途中には樹齢三千年と書かれていた杉の大木がありました。
たくさんの杉の大木に囲まれた霊地であります。
古くは修験道場として栄えた聖地です。
ご祭神は国常立尊(くにのとこたちのみこと)、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)、伊弉冊尊(いざなみのみこと)、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、神日本磐余彦尊(かんやまといわれひこのみこと)であります。
世界文化遺産に登録されているところであります。
かつては歩いて登ったところを、申し訳ないことに車で登らせていただきました。
それでも聖地にお参りできた感動は大きなものでありました。
横田南嶺