ただ閑
毎年一月の末に、円覚寺で行っています。
この研究会は、毎月建長寺さまで開催されています。
近年一月だけは、円覚寺で小川隆先生と私が講師を務めています。
毎年、この会で発表できることも私はありがたく、そして楽しみにしています。
毎回、そのときに自分が一番関心を持っていることを話をしています。
今回は臨済禅師の坐禅と題して話をしました。
『臨済録』で説かれている坐禅というのはどういうものかを考察してみたのです。
もっとも『臨済録』には、坐禅について詳しく説かれているところはありません。
断片的な記述しかありません。
そこから、臨済禅師は坐禅をどのように見ていたのかを考察してみたものです。
私がそんな坐禅について話をすると小川先生にお伝えしていましたので、小川先生は、『禅の語録を読むー唐代の禅宗と坐禅』と題して、臨済禅師に至るまでの、坐禅についてどのような変遷があったのかを詳しくお話くださいました。
もうそのお話だけでじゅうぶんと思われる内容でありました。
まずはじめに小川先生は、「禅宗は坐禅の宗教なのか」という問題を提起されました。
辞書にどのように解説されているかを教えてくださいました。
三省堂『新明解国語辞典』第五版には「禅宗」について、「禅によって悟りを開き、人生の真意義を悟ろうとする、仏教の一派。」と解説されています。
また中村元『仏教語大辞典』には「禪宗」について「坐禅・内観の法を修めて、人間の心の本性をさとろうとする宗派をいう。」と書かれているとのことでした。
そこで小川先生は私の最近の本『坐禅せずに坐禅してみよ!と問われたら』から、私の言葉を引用されました。
坐禅と悟りについての記述です。
修行しても悟らない人もいるし、修行しなくても本質が分かっている人もいます。
坐禅修行と悟りは別ではないかという考察です。
もっとも坐禅が悟りに至るよい条件を作り出します。
ただ一線越える、次元の異なるものではないかと考えるのです。
そこを小川先生は、分かりやすく説いてくださっていました。
もともと世界はなんの形も構造もない、無分節なものです。
これを目に見えない空の世界ともいいます。
自分も他人も区分もないのです。
それを私たちは分別して言葉によって切り分けています。
右と左、善と悪、是と非、自分と他人などです。
そのように言葉によって切り取り、頭で作った世界として実体視して暮らしています。
そこに比較ができて、争い、苦しみ、悩むのであります。
言葉で切り取った世界が、相の世界です。
本来の世界は無相なのです。
その言葉で切り取った世界、相の世界から、それを築いている分別を離れて空の世界に立ち返るのが悟りとするのだと解説してくださっていました。
禅はこの無分別の世界、空の世界を体験して、そのあとまた現実の暮らしに戻ってくるのです。
そしてまた分別の世界で生き生きと暮らしていくのです。
そのようにとても分かりやすくお話くださっていました。
そこから最初期の禅宗の話に入りました。
最初期の禅宗はやはり坐禅を重視していました。
坐禅によらずに仏となった者はいないと説かれていました。
心は本来鏡のようにきれいなもので、そこで塵ほこりがつかないように、常に拭うことが大事だと説かれていました。
塵やほこりというのは煩悩であります。
そのために心をひとつに統一する修行をします。
それが坐禅でありました。
弘忍禅師の言葉として、こういう教えが引用されていました。
現代語訳を筑摩書房『禅の語録2初期の禅史Ⅰ』から引用します。
「坐禅するときは、水平なところに身をただして正しく坐り、身も心ものびのびとひろげ、はるかに視野の果てるあたりに、一という字を見つめることだ。
かならず進歩があろう。
もしまた初心者で、对象的な執われが多くて困る人は、とりあえず心の中で一という字を思いうかべよ。
心がしずかにおちついたのちに坐っていると、その境地はあたかも広い野原の中で、はるかに一つだけとび出た高山にいて、頂上の地面に坐り、四方はるかに眺めまわしても、どこにも限界がないようなものである。
坐禅のときは、世界いっばいに身も心ものびのびとひろげて、プッダの境地を味わうのだ。
プッダの浄らかな真実の主体は、どこにも限界のありようがない。君の心境もやはりそれと同じである。」
というのです。
限界のないというのは無分節の空の世界です。
また、心を鏡に譬えて塵やほこりがつかないように常に清めるというのが、北宗と言われる一派の坐禅です。
それを批判したのが、神会禅師でありました。
心を凝らして禅定に入ることなどを否定されたのです。
深い禅定に入って、どれくらいしたら禅定から出てくるのかと問われて、心には方向もなにもない、禅定などという限定されたものはないと答えています。
心も禅定もないのであれば、どういうのが道ですかと問われます。
それに対して神会禅師は、道はただ道なのだと答えているのです。
どういうものが道だと言葉で説くと、すでに限定されたものとなって、道と道でないものとの隔てが出てしまいます。
分別の世界になってしまうのです。
広い大空にはなんの色も形もありません。
それを明るいと見たり、暗いと感じるのはお互いの心であり分別です。
空そのものには明るいも暗いもないのです。
そこで何か作意を持ったり、心を起こすと無相の世界が迷いの世界となってしまいます。
神会禅師の教えから更に発展したのが、無住禅師でありました。
無住禅師になりますと、戒律も礼拝も懺悔も、写経もそのようなことを否定されました。
剃髪して袈裟をつけることはしていたようですが、仏事などは必要ないとしたのでした。
ただ閑であって、閑であることがそのまま生き生きとはたらくのであり、あらゆる時は皆禅だと説かれたのであります。
「心を起こすのは塵の動きである。
念を動かすのは魔網にほかならぬ。
ぼかんとしているだけのことだ。
そうすれば沈みもせず、浮きもせず、流れもせず、転がりもせずピチピチとはねまわって、いつだって禅ならぬものはない。」
と説かれました、
こちらは筑摩書房『禅の語録3初期の禅史Ⅱ』にある現代語訳です。
「閑」は「ぽかんとしている」と訳されていますが、「閑」はヒマと解釈されることが多いのです。
小川先生は、本筋に結び付いていない、道筋に結び付いていない状態だと説明してくださいました。
「閑人」という言葉は関係者ではないという意味になるそうです。
どんな意義や価値や目標にも結びついていない状態だということです。
そうして馬祖禅師になると、坐禅という姿形にとらわれるのではなく、日常のあらゆる営みが道なのだと説かれるようになります。
空の世界、無相の世界、無分別の世界の中にあって私達は服を着たりご飯を食べたり日常の営みを行っています。
その営みのすべてが道そのものだという教えになったのです。
横田南嶺