講演
はじめの頃は苦痛でありました。
なるだけ講演などはしないように生きてきたものでした。
幸い禅宗では、「禅は黙に宜し」という言葉もあります。
黙っているのが尊いのです。
べらべらしゃべるのをよしとはしないのであります。
こんな詩があります。
うしろ姿
語る人尊し
語るとも知らで
からだで語る人
さらに尊し
導く人尊し
導くとも知らで
うしろ姿で導く人
さらに尊し (安積得也『一人のために』)
この詩の通りだと思って黙って坐禅をしてきたのが、四十六歳まででありました。
ところが管長に就任してからは講演を頼まれるようになってしまいました。
やむを得ぬご依頼もありますので、講演をせざるを得ません。
そんな訳で講演もするようになりました。
はじめの頃はどれくらい話をすると、どれくらいの時間がかかるのかわかりませんので、完全な原稿を書いて、部屋で時計を置いて時間を計りながら何度も稽古をしたものです。
それでも実際に壇上にあがると、足は震える、手元の原稿をは見ながらも、散らばってしまうで、散々な目になったものです。
そんなことを幾たびも繰り返しました。
それならやらないといいではないかとも思うのですが、多くの皆様の施しで暮らさせてもらっている身でありますので、辛いこと、苦痛なことを耐えながら生きていないと申し訳のない思いがあるものです。
そこで試練であると思って講演をしたのでありました。
それでもお引き受けするからには、どうしたら良い講演ができるか、いろいろ工夫をしたものでした。
千人を超える講演というのも何度か経験させてもらってきました。
お陰様で十五年以上も管長という仕事を務めてきますと、苦手の講演も少しは慣れてきたものです。
講演は立って行うことが多いので、この立ち方の工夫も必要でした。
無理なく力み無く立てるように工夫しました。
声の出し方も勉強したものです。
資料の作り方なども慣れてきました。
先日は、TKC全国会六十周年記念の講演を頼まれて行ってきました。
TKCというのは、日本の税理士・公認会計士を中心とする会計人の全国組織です。
「株式会社TKC」とその理念に基づいて結成されたTKC全国会がございます。
創業者が飯塚毅先生であります。
飯塚先生は、栃木県にある雲巌寺の植木憲道老師について熱心に坐禅をなされた方であります。
創業の理念には、「自利とは利他をいう」という言葉があります。
TKCグループのホームページには、
「「自利とは利他をいう」とは、「利他」のまっただ中で「自利」を覚知すること、すなわち「自利即利他」の意味である。他の説のごとく「自利と、利他と」といった並列の関係ではない。
そう解すれば自利の「自」は、単に想念としての自己を指すものではないことが分かるだろう。それは己の主体、すなわち主人公である。
また、利他の「他」もただ他者の意ではない。己の五体はもちろん、眼耳鼻舌身意の「意」さえ含む一切の客体をいう。
世のため人のため、つまり会計人なら、職員や関与先、社会のために精進努力の生活に徹すること、それがそのまま自利すなわち本当の自分の喜びであり幸福なのだ。
そのような心境に立ち至り、かかる本物の人物となって社会と大衆に奉仕することができれば、人は心からの生き甲斐を感じるはずである。」
と解説されています。
飯塚先生の『自己探求』という本には、
「私的な作戦的な願望はきれいに、心の中から忘れ去っておく必要があるのだ。
自利利他(自利とは利他をいう)の呼吸がここにある。
相手の利益、相手の幸せを本当に願って、純粋にそれだけになって、相手に接しているだろうか。」
という言葉があります。
また「相手の人の真の利益はどの方向のどこにあるのか、を十二分に知っておくべきは当然であり、理論必然、心理必然の道を、君は詳しく認識していないとしたら、真の利他業は実践できないことになるのだ。
その為には又、社会の動き、業界人の動き、今後の趨勢などを多角的に勉強して、安心と信頼感をもつて、相手になって貰える関係を作らねばならない。それは、生易しいことではない。出発点が先ず自分との対決点であって、どこまで、「自利利他」の哲学をわがものとしているか、にかかっている。」
とも書かれています。
私の講演の前にはTKC全国会会長の講演がありました。
こちらも拝聴させていただきました。
現地に行って現場を見る、毎月関与先を訪問してその活動の現場に身をおいて実態を把握すること、現物を確認する、領収書、請求書などの書類を確認すること、現人といって直にその取引先の責任者の顔を見て直接対話することの大切さを話されていました。
そのあと、私の講演となりました。
「禅の教えに学ぶ」と題して六十分話をしました。
はじめに釈宗演老師の言葉を紹介しました。
「アメリカ合衆国から自分第一(ファースト)という個人主義が輸入されて恐ろしい勢いで跋扈しはじめた。この思想の勢いは防止することができない。ナニモ個人主義カニモ個人主義といちいち自己を中心にして割り出す。これが高じてくると危険思想にもなるのです。」
「我が日本人の思想としては何が中心にならなければならないかといえば、それは「感恩の精神」(おかげさまと恩に感ずること)とでもいうべきものではないでしょうか。」釈宗演『禅に学ぶ明るい人生』国書刊行会)
という言葉です。
そこから自分というのは他によって支えられてこそ成り立つもので、自分だけで成り立つものではないことという仏教の無我説から、人の為に尽くすことこそ、真に自己を完成させる道であることなどを話させてもらったのでした。
飯塚毅先生のご子息が飯塚真玄さんで、飯塚さんは円覚寺の朝比奈宗源老師について熱心に参禅された方であります。
TKCの方々も定期的に円覚寺で熱心に坐禅をなされています。
そんなご縁で勤めた講演でありました。
講演の終わりには飯塚毅先生が師事なされた植木憲道老師の言葉を紹介してちょうど六十分で終えることができました。
横田南嶺