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臨済宗大本山 円覚寺

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2026.01.12
今日の言葉

馬を飼い馴らすように

いつの時代にも暴君というのはいるものです。

暴君というと中国ではなんといっても夏の桀王、殷の紂王などが知られています。

夏の国も古いですが、殷の国も紀元前一六世紀から一一世紀にかけての国であります。

だいたいこの桀王にも紂王にも共通しているのが贅沢の限りを尽くしたこと、美しい女性を溺愛したこと、忠臣の諫言を聴かなかったことなどがあげられます。

「酒池肉林」という言葉があります。

池をお酒で満たし、たくさんのお肉を林にかけるのです。

贅沢をした酒宴を形容することばです。

殷の紂王が政治を怠り、贅沢な遊びをしたことを言います。

桀王も似たようなことがあったようです。

また桀王も女性に溺れたように、紂王は妲己に溺れ、諫言を退けたと言います。

微子という忠臣が紂王に諫言しましたが、紂王はこれを聞き入れずに、微子は国を去りました。

箕子は、諫言したために幽閉されてしまいました。

比干は暴政を止めるため、命の危険を承知で諫言を重ねますが、紂王は却ってこれを憎み、「聖人の心には七つの穴があるというが、確かめてみよ」と言って胸を切り開いたといいます。

この紂王を討ったのが、周の武王でした。

武王は、長い戦乱の末、紂王が亡くなり、天下が定まったそのとき、軍を解き、戦馬を華山に帰すよう命じました。

「馬を華山の陽(みなみ)に帰す」という言葉の由来であります。

お釈迦様の前世にも暴君の話が出てきます。

角川ソフィア文庫の『ジャータカ 仏陀の前世の物語』から引用します。

暴君王子という題で書かれています。

「ヴェーサーリーの都は非常に繁栄しており、王家には大勢の王子がいました。王子たちの一人リッチャヴイは、制御心のない子供でした。

彼は怒りっぽく、粗暴で、いつも棒を手にしてあちこちたたきこわし、また平気で人をなぐりつけました。

彼がひとたび怒り出すと、口から毒蛇のように熱い息を吐き出し、誰も制止することができず、彼が暴れるがままにするほかありませんでした。両親も、親族も、友人も、王子を諫めることができなかったのです。」

という将来暴君になりそうな王子がいたのでした。

更に続きます。

「あるとき両親は考えました。

「この王子は凶暴でどうにも手がつけられない。私たちの手にはおえないが、正しくさとりを開いた釈尊ならば彼を教え導くことができるだろう」

王は、王子を連れて釈尊のもとへ行き、礼拝して言いました。

「尊者よ。この王子は乱暴で、何かというとすぐに怒り出します。この子の心がおだやかになるよう教えをたれて下さい」

釈尊は王子に語りかけました。
「王子よ。人は暴力によって他人を傷つけたり困らせたりしてはならない。

粗暴な言葉は、両親にも、兄弟姉妹にも、親族友人にも、深い心の傷を負わせるのだ。

その結果、あたかも蛇のように、盗賊のように、あるいは鬼神のように他人を恐れさせ、その業によって地獄におちる。

怒りやすい人間は、いかに身を飾ろうとも醜いものだ。

顔が満月のように輝いていても、あたかもしおれた蓮の花のように、ほこりをかぶった鏡のように醜いものである。

怒りにもとづいて行なつた行為の業により、人は地獄におちる。

他人を害する人は、現世では人びとから非難され、死後は地獄に赴く。

それゆえ人として生まれた者は、他の人びとに対し慈しみ憐れみの情をもたねばならぬ。

慈悲心を抱いて他者に接する人は、地獄におちるおそれはないのだ」

リッチャヴィ王子は、釈尊の誡めの言葉を聞き、凶暴な心が鎮まって従順になり、慈しみの心で満たされました。

彼は毒をぬかれた蛇のように、はさみを失ったカニのように、角を切りとられた水牛のように、牙を抜かれたライオンのようになりました。」

というのであります。

将来暴君になるだろうと思われていた王子がお釈迦様の教えによって心を改めたのでした。

更に続きます。

「粗暴な王子が従順になったという話が修行僧の間に広まり、彼等は説法場で話をはじめました。

「友よ。暴悪なリッチャヴィ王子を、長い間、両親も、親族も、友人たちも従順にさせることができなかつた。

しかし釈尊はたつた一度の説教で粗暴な心を抜き去り、慈悲心を植えつけられた。

あたかも狂象を飼い馴らすがごとくである。

世間でこんな風に言われている。

―象つかいは、凶暴な象を飼い馴らす。

象つかいの声に従って、象は前に、後ろに、右に、左に歩む。

馬の調教師も同様に、よく馬を飼い馴らす。

そのごとくに、如来は人をよく調御(じょうご)する。

如来の言葉に従って、人はさとりを求めて歩む。

正しくさとりを開いた人、如来、仏陀は、最高の調教師である、と。友よ。釈尊に等しい調教師はこの世にいないのではないか」」

という話です。

お釈迦様のことを「調御丈夫」とも申します。

これは暴れる馬をも上手に飼い慣らすように、どんな人でも巧みに導いてくれることを表している言葉です。

これはまず自らの心をよく調えておられるからであります。

このジャータカの話でも、仏陀の人格がおのずと王子を導いていったのです。

静かな心で整然と道理を説いて、王子を納得させて改心させるに到ったのでした。

「人は暴力によって他人を傷つけたり困らせたりしてはならない。

粗暴な言葉は、両親にも、兄弟姉妹にも、親族友人にも、深い心の傷を負わせるのだ。」

「他人を害する人は、現世では人びとから非難され、死後は地獄に赴く。

それゆえ人として生まれた者は、他の人びとに対し慈しみ憐れみの情をもたねばならぬ。

慈悲心を抱いて他者に接する人は、地獄におちるおそれはないのだ」

という仏陀の言葉を胸に刻みたいものです。

 
横田南嶺

馬を飼い馴らすように

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