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臨済宗大本山 円覚寺

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2026.01.11
今日の言葉

臨済禅師のこと

一月十日は臨済禅師のご命日でした。

こちらの法要は早朝に行っています。

お釈迦様の降誕会や達磨大師のご命日とは違い、もう少し短い法要であります。

午前六時から三十分ほどで終えることができます。

臨済禅師というお方については分からないことが多いのです。

里道徳雄先生の『臨済録 禅の真髄』(NHK出版)には、

「まず臨済という名前の由来ですが、河北省の正定県に滹沱河という川があります。

この川(済)のほとり(臨)に寺が建てられたことに拠ります。

この地が臨済和尚の拠点となりました。

法諱(いみな)は義玄、慧照は唐の懿宗が贈った禅師号です。

したがって、臨済義玄禅師あるいは臨済慧照禅師といいます。

出身地は曹州の南華、今でいえば山東省の南華(山東省河沢地区単県)というところです。

山東省といっても、山東半島より内陸で省内のいちばん西南のはずれ、もうすぐ河南省になるあたりの生まれです。

俗姓は邢氏。

生まれた年は、おそらく元和年間、西暦では八〇六年から八二〇年くらいのところではないかと思いますけれども、わかりません。

出家の動機も不明です。

亡くなった年も、今の時点ではまだ明確に限定できません。八六五年か六年のどちらかであろうといわれています。」

と書かれていますように、分からないことが多いのです。

日本では円仁さんが八六四年にお亡くなりになっていますので、ほぼ同じ時代の方であると言えます。

生まれた場所は分かっているものの、いつ生まれたか定かでなく、それにどこのお寺で出家したのか、誰に学んだのかも分かりません。

ただ『臨済録』には、『法華経』、『華厳経』『維摩経』、『華厳合論』『大乗成業論』『法苑義林章』などが使われていることが分かりますので、天台から華厳、そして『維摩経』のような大乗仏教経典を学んでいたことは確かです。

南の方に行脚して黄檗禅師に師事したことも確かであります。

黄檗禅師と大愚禅師とお二方に導かれて悟ったのでした。

その後行脚をしています。

『臨済録』にはその行脚の折の問答も記されています。

岩波文庫の『臨済録』にある入矢義高先生の現代語訳を参照します。

「師が達磨の墓のある寺へ行った時、その住職が言った、「長老は先に仏を礼拝されますか、それとも先に祖師を礼拝されますか。」

師「仏も祖師も両方とも礼拝しない。」

住職「仏と祖師は、長老とどんな仇かたきの仲なのです。」

師はさっと袖打ち払って立ち去った。」

というのは達磨大師のお墓参りをなさったときの問答です。

そのあと「師が行脚して竜光のところへ来た時、ちょうど竜光が説法していた。

師は進み出て問うた、「鋒先を交えずに、どうしたら勝つことができますか。」

竜光はきりっと居ずまいを正した。

師「大善知識たるもの、何か別に手立てがないものですかな。」

竜光は目をむいて言った、「シャーッ。」

師は竜光を指ざしながら言った、「このおやじ、今日は負けだぞ。」」

という問答があります。

この竜光という人についてもよく分かっていません。

ただ馬祖系の禅を学んだ人だろうと察せられます。

馬祖の禅についてはいつも小川隆先生に教わっています。

小川先生の『禅思想史講義』(春秋社)には

(一)「即心是仏」、
(二)「作用即性」、
(三)「平常無事」の三点に要約されています。

そしてそれは
「自己の心が仏であるから、活き身の自己の感覚·動作はすべてそのまま仏作仏行にほかならず、したがって、ことさら聖なる価值を求める修行などはやめて、ただ「平常」「無事」でいるのがよい、」ということになるのです。

小川先生は「本来性と現実態を無媒介に等置し、ありのままの自己をありのままに是認する、それが馬祖禅の基本精神であったと言えるでしょう。」と説かれています。

禅文化研究所の『馬祖の語録』にも

「馬祖は示衆して言った「諸君、それぞれ自らの心が仏であり、この心そのままが仏であることを信じなさい。達磨大師は南天竺国からこの中国にやって来て、上乗一心の法を伝えて諸君を悟らせた。また『楞伽経』を引用して衆生の心の底を指し示したのは、諸君があやまって、この一心の法がそれぞれに有るのだということを信じないのを恐れたがためである。だから『楞伽経』は仏の語った心を根本とし、関門が無いのを法の門としている」。」

と説かれています。

現代語訳を引用させてもらっています。

更に「馬大師は言われた、「君がもし心を知りたいというなら、今そのように語っているものが、君の心そのものなのだ。その心が仏と名づけられるものであり、また実相法身仏でもあり、道とも呼ばれるものだ。経典には『三阿僧祇劫に百千の名号があるのは、時と場所に順応して名を立てたものである』と言っている。」

とも説かれているのです。

今そのように語っているもの、それこそが心であり、それこそが仏だというのです。

おそらくこの竜光というお坊さんも、臨済禅師に「鋒先を交えずに、どうしたら勝つことができますか。」と問われて、「きりっと居ずまいを正した」ところや、「目をむいて「シャーッ。」と言った」ところは、この活き身のはたらきはすべて仏作仏行だと示したのだと察せられます。

しかし、臨済禅師はそれを許しませんでした。

山田無文老師は、臨済禅師が「鋒先を交えずに、どうしたら勝つことができますか」と問うているのに、目をむいて「シャーッ。」と言うのはすでに鉾先を現してしまったのだと説かれています。

或いは馬祖の禅をかたちだけなぞらえていたのかもしれません。

臨済禅師には、「敗闕」負けだと分かったのでした。

 
横田南嶺

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