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臨済宗大本山 円覚寺

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2026.01.10
今日の言葉

ハレとケ

元旦の毎日新聞の万能川柳を読んでいると

正月もケの日になって食う茶漬け

という句が目に入りました。

「ケの日」という表現が気になったのでした。

その通りだと思いました。

私は正月三が日は外に出ることがありません。

ですから外の様子はよく分からないのです。

それでも夕方閉門の頃に、郵便ポストまで歩くことがあります。

また三が日は、大勢の年始のお客さんが見えますし、それから大般若の祈禱にもお参りくださる方がいらっしゃいます。

気がつくのは所謂「晴れ着」を着ている方が少ないということです。

年始にお見えくださる方は多いのですが、和服でお見えになるのは、呉服屋の方だけであります。

中にはほぼ普段着のままという方もいらっしゃいます。

ハレとケの違いがなくなってきています。

ハレというのはどういう意味なのかをまず調べてみます。

『広辞苑』には、

「①空のはれること。ひより。晴天。気象用語としては、ふつう雲量2~8をいう。

「晴れのち曇り」という場合です。

②日のあたる所。ひなた。

③ひろびろとはれやかな所。

④はれがましいこと。

「晴れの表彰」という場合です。

⑤表向き。正式。おおやけ。公衆の前。ひとなか。

これが「晴れの場所」というように使われます。

この反対語が「褻(け)」なのです。

⑥晴れ着。また、それを着たさま。

⑦疑いが消えること。
「晴れの身となる」と使います。

では「ケ」はどういう意味でしょうか。

「褻

おおやけでないこと。よそゆきでないこと。ふだん。日常。わたくし」という意味があります。

「褻にも晴にも」というと、「ふだんにもはればれしい折にも。」という意味です。

日本講演新聞の一月一日の社説は落語調で書かれていました。

このハレとケについて書かれています。

一部を引用します。

「お正月というと、不思議と日本らしさにどっぷり浸かっていたもんです。
外に出ますとあちこちに日本らしさがありませんでしたか?

初詣に行けば、男女問わず和服を着ている人がたくさんいました。

我が家でも親父は元日だけ必ず和服を着ていましたね。私も親父に倣ってお正月には和服を着ていたんですけど、ここ数年、怠けております。

あの和服ってのは「氣合い」を入れないと着られませんね。

「私も伝統文化を受け継ぐんだ」という氣合いです。この意識が希(氣)薄になると、着るものなんてどうでもよくなってくるんじゃないでしょうか。

おせち料理もそうです。あれを作るのも相当氣合いを入れないと作れません。だって20品目以上ありますし、一品一品に健康、長寿、子孫繁栄、金運、家庭円満などなど、そういう願いや祈りを込めるんですから。」

と書かれています。

和服は気合いを入れないと着られないと書かれていますが、和服を着ることによっても気合いが入るように感じます。

まず帯を締めるのです。

私などは白衣という白い着物の下に、まず腰巻きを着けてそこでヒモでしばります。

そして白衣を着てその帯の下にまず腰紐をしっかり結びます。

その上に角帯を巻いて締めるのです。

腰のところに三重に締めることになります。

カトリックの鈴木秀子先生と対談した折に、ヨブの話を伺ったのが忘れられません。

ヨブという一人の義人がいました。

このヨブは、神を怖れ敬虔であり悪を避けているのですが、ありとあらゆる苦しみを味わいます。

家族が全員亡くなりますし、困窮してお金もなくなります。

友達は誰も助けてくれず、一人ぼっちになります。

その上、病気にもなります。

そのたびに神様に自分を捧げながら熱心に祈るんですけど、神様は何も答えてくれません。

辛いことばかり続きました。

鈴木先生は、「そしてもうこれ以上は生きていけない、息も絶え絶えの時に、「神様、もう死んだほうがましです。私の命を取り去ってください」と。すると神様が初めて口を開いて言ったのが、「ヨブよ、腰に帯して立ち上がれ」という言葉だったんです。」

と教えてくださったのでした。

腰に帯を締めるというのは、絶望の底でも力が入ってくるのです。

ハレの語源は 「晴れる」ですから、天候が晴れるように、けがれが除かれ、よい気が満ちるのです。

その場が明るくなります。

ハレは神事や祭礼、人生の通過儀礼と深く結びついています。

ケ(褻)のは日常着であり、普段です。

普段の食事はお味噌汁とご飯でもハレの時には、おせち料理などのお祝いの食事になります。

服装もケは普段着、ハレが晴れ着や礼服です。

生活の場でもケは座敷ですし、ハレは床の間となります。

ケは平日であり、ハレは祭りの日や節句です。

心と身体の状態として考えてみても、ケは疲れや慣れを意味して気がすり減る状態となります。

そこでハレの場があると、気持ちも高揚し、緊張感もあって気が充実する状態になります。

ケが続くと気が枯れると考えられていました。

そこで意識的にハレを作ることが必要とされていたのでした。

修行の世界でも淡々と日常を継続することが大事なのですが、時にハレの時があるので、また気分を一新することができます。

ハレとケということは今の時代でも大事なことのように感じます。

禅寺でも新春の大般若祈禱などでは、修行僧も正装して臨むハレの場でもあります。

そしてまた日常の修行に戻っていくのです。

 
横田南嶺

ハレとケ

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