生きたお経
あるとき、一休さんが寺でお経の上にごろりと寝そべっていたそうです。
それを見た僧たちが、
「なんという不謹慎なことだ。有り難い仏様の言葉の上に寝るとは」と激しくなじりました。
一休さんは平然と「生きたお経の虫干しじゃ。」と言ったという話です。
もっともこういう話は誰かが後世になって作られたものです。
一休さんの話にしていろんな話ができあがっていったのでした。
文字のお経ばかり大切にして、生きて働く仏法を忘れてはならないということでしょう。
お経を尊崇し信仰するということは、お経を文字に書くことによって生まれてきたものです。
お釈迦様の教えは、お釈迦様がお亡くなりになって数百年は文字に書くことはしませんでした。
またお釈迦様のお姿を仏像にしたり絵に描いたりすることもしませんでした。
それが紀元前後あたりになってお経を文字に書くようになり、また同じ頃に仏像も作られるようになったのでした。
そしてそれと同じ頃に興ったのが大乗仏教であります。
大乗仏教のはじめの頃にできたのが般若経典であります。
般若経典には早くから経典への信仰が説かれています。
金剛経にもこのお経の偈を受持して人に説くことの功徳は、この世界を七宝で満たしてそのすべてを布施する功徳にも勝ると説かれています。
このお経の偈を説くならば、その場所は一切の天人が供養するところであるとも説かれているのです。
お経への信仰は長く続いてゆきまました。
鎌倉時代に北条時宗公が元寇の折に、金剛経や円覚経を血書すると、そのお経の文字の一字一字が神兵となって国を守護したと言われています。
そのお経の功徳を大いに現しているのが大般若経の転読であります。
三が日は恙なく新年の行事を終えることができたのでしたが、実はいろんなこともありました。
三日の最終日には、大般若の転読を行う方丈の電気がつかないということが起こりました。
不思議なことで空調は動いているのですが、照明器具だけがつかないというのです。
私たちは、方丈で大般若の転読を行う前に、まず舎利殿で毎月三日は開山仏光国師の月命日なので、そのお経をあげます。
それから開山堂にあがって開山仏光国師の真前で大般若の転読をします。
更に舎利殿で楞厳呪を唱えながら行道をして祈禱を終えます。
そのあと更に仏日庵の開基廟に行って、そこで楞厳呪を唱えて回向します。
それから方丈に移るのです。
はじめに舎利殿のお経が始まる前には、大方丈の電気がつかないと報告を受けました。
今担当の和尚が対応していると報告を受けました。
これはたいへんなことだと思いました。
まだ朝の日が昇らない時に行っていますので真っ暗です。
そうかといってこの朝早くに電気屋さんに来てもらうわけにもいきません。
和尚さんで対応できるのか不安に思って儀式に臨みました。
舎利殿開山堂、開基廟の行事を終えて方丈に向かう時には、どうにか投光機を使って転読はできそうだと報告を受けました。
方丈に入るといつもよりは暗いのですが、投光機のおかげでお経を読むことがじゅうぶんできます。
そこでどうにか恙なく新年の祈禱を終えることができたのでした。
不思議に思ったのは、あれだけの投光機が円覚寺の本山にあったのかということです。
それは浄智寺の和尚が急遽持ってきてくれたのだと分かりました。
舎利殿のお経に浄智寺和尚が出てみえないのに気がついていましたが、私たちは舎利殿や開山堂開基廟でお経をあげている間に用意してくださったというのです。
浄智寺では除夜の鐘に大勢の方がお見えになるので、そのための投光機が置いてあったそうなのです。
あとでうかがうと浄智寺の和尚はいつものように舎利殿に向かう途中で方丈の電気がついていないのに気がついておかしいと思って立ち寄ってくださったのでした。
そこでとっさの判断でその時間に浄智寺まで投光機を取りに行ってくださって、間に合わせてくださったのです。
浄智寺の朝比奈和尚のおかげで三が日の祈禱を終えることができたのでした。
三日目のお経は特に丁寧にお勤めします。
大般若経の転読のあと金剛経をよんで更に楞厳呪の行道も行います。
そこ満散となるのです。
浄智寺の和尚が異変に気がついて、とっさの判断で舎利殿や開山堂のお経にでずに浄智寺に行ってたくさんの投光機を運んで設置してくださったおかげであります。
浄智寺の朝比奈和尚には長くお世話になってきていますが、今回も大いにたすかりました。
たしかに舎利殿や開山堂のお経には出ておられませんが、浄智寺和尚の働きは、生きた大般若経のはたらきだと思ったのでした。
もっとも経典を読み転読するのも尊いことですが、浄智寺まで帰って暗い中、投光機を車に積んで運んでくださるのもまた尊いお経であります。
今の時代もどうでしょうか。
先行きの明るいことをお祈りしますが、いつ何が起こるか分からないものです。
なにか思わぬことが起こったとして、その時に機転をはたらかせて臨機応変の対応をして乗り切ってゆきたいものです。
それにはまずいつもと違うという異変に気がつくことです。
小さな変化に敏感であることが大事です。
そして前例や慣習にとらわれずに今どう動いたらいいのかを判断するのです。
その判断は自分の為ではなく、みんなのためにはどうしたらいいのかを考えるのです。
浄智寺和尚のはたらきから大事なことを教わったのでした。
横田南嶺