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臨済宗大本山 円覚寺

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2026.01.03
今日の言葉

お餅

正月の飾り付けで無くてはならないものがお餅であります。

鏡餅をお供えします。

それには餅つきをしないとなりません。

年末に修行道場でも餅つきをしています。

もともとは二十八日に餅つきをするものであります。

言い伝えでは二十九日につくのは「くもち」といって嫌うのだというのです。

そこで二十八日につくのですが、これが未明に行うことになっていました。

円覚寺の修行道場では二十七日の夜中から二十八日の未明にかけて餅つきをしたのでした。

これも言い伝えでは、日中は様々な作務などの修行があるので、餅つきなどは、夜が明ける前にすませてしまうということでありました。

なかなかたいへんな行事でありました。

ちょうど私が円覚寺の修行道場に来た頃に、新しい臼を寄進してもらったのでした。

出入りの大工さんたちが、ケヤキの大木をくりぬいて大きな臼を作ってくれたのでした。

これで三十年はもつぞと言っておられたのを覚えています。

あれからもう三十年以上経ちますが、今も使うことができています。

ケヤキの木の偉大さを思います。

ところがある時期に修行道場も修行僧がほとんどいなくなってしまう状況になったことがありました。

四人か五人くらいになったのでした。

餅つきというのは大勢の人がいないと難しいのです。

そこで当時の師家であった足立大進老師にご相談申し上げて、二十七日の夕刻に餅をつくようにしたのでした。

その後修行僧たちも集まるようになってきたのですが、そのまま二十七日の夕方に行っています。

今年も夕方から餅つきをしていました。

修行道場における餅つきの一番の意味は、みんなでついたお餅を元旦の朝に禅の初祖達磨大師にお供えして皆で三拝することにあります。

それから本尊様、本堂の仏様、台所の韋駄天様、禅堂の文殊様、お手洗いや浴室、それから禅堂も単餅といって、各自が坐禅する場所にも小さな鏡餅をお供えします。

それから三が日の雑煮をいただくための餅をついておくのです。

なぜ餅をつくのかどうして餅をお供えするのか、いろんな説があろうかと思います。

察しますと、古代の日本は稲作社会でありました。

そして稲は単なる作物ではなく、霊が宿る神聖なものと考えられていました。

田んぼに実った稲を、神から授かった生命の象徴として敬ったのでした。

お米は神様にお供えする大切なものであります。

その神聖なお米を最も凝縮した形が「餅」であります。

餅つきには、餅米を蒸す、杵で搗く、餅を返す、丸めて形を整えるという作業をします。

普段の日常の食事ではなく、祭祀のための神聖な存在と言えます。

いつの頃からか、この餅をつくという行為そのものが、すでに一つの儀礼となっていったのでした。

この餅というのは、主として「ハレ」の場で用いられてきました。

収穫の祭やお正月、人生儀礼など、特別な時にのみ、神様に供えられました。

私の田舎でも秋のお祭りには餅まきなどが行われていたのを覚えています。

正月に供えられる餅は、特に重要な意味を持っています。

日本では古来お正月は、年神と呼ばれる神を迎える時とされています。

年神というのは、新年の初めに高い山から家々に訪れ、その家の一年の幸福や豊作、健康をもたらしてくれる来訪神(らいほうしん)です。

「歳神(としがみ)」とか「歳徳神(としとくじん)」と呼ばれます。

祖先の神が姿を変えたものでもあります。

その年神を迎える依代として、餅が用いられたようなのです。

鏡餅と呼ばれるように、この餅の信仰に、古代からの「鏡」の信仰が重なります。

鏡は神の象徴であり、神霊が宿る依代でもあります。

丸い餅を鏡に見立てているのです。

鏡に似た形の餅、すなわち「鏡餅」をお供えするようになったのだと察します。

鏡餅というのは、古代の稲霊信仰、餅信仰、鏡信仰、祖霊信仰が重なり合って生まれたものであります。

それが禅寺で餅つきをするようになったのはいつ頃なのか定かではありません。

古来の餅の信仰が禅寺の年中行事の中に取り入れられていったのだと推察します。

室町期になると、禅寺が武家の菩提寺となり、或いは都市や地域の宗教拠点となってゆきました。

そんな中で正月の鏡餅も恒例のお祀りとなっていったのでしょう。

そして寺で餅をつくことも行われるようになったのです。

そこで餅米を蒸す、杵で餅をつく、餅を返す、丸めて整えるという一連の作業を皆で行うのです。

私は長年餅を返す役を務めています。

もう三十年くらいやっていると思います。

前管長の足立老師も御元気な頃にはよく餅をついたり、返したりなさっていました。

餅を返すときのコツや、大事なことなどは足立老師から教わったものです。

餅つきは三時間から四時間くらいかけて行います。

その間ずっと中腰で餅を返しているので、けっこうの重労働なのです。

ところが長年行っているとなれてくるのです。

慣れない頃は力任せに行いますので、勢いよくできても翌日は腰が張ったりします。

ところが長年やっていると自ずと体が無理のない動きをするようになっていくのです。

これは量が質に転化していくことだと言えます。

もっとも身体の研究をしていますので質の工夫も加えています。

たんに屈むだけでは腰を痛めますので、膝を曲げてバネがきくようにして、股関節を引きこむ体勢でおこないます。

藤田一照さんや井上欣也さんも餅つきに見えてくれていましたが、私の餅の手返しの体の使い方を褒めてくださいました。

膝のバネを利用して腰を上手に使って、上半身の力が抜けているのです。

ここにも上虚下実が現れています。

長年やっていると体が必然的に無理のないように動いていくのです。

量が質に転化する、いい側面です。

修行僧たちもそうです。

はじめて餅をつく者は力任せに杵を振ります。

すぐに疲れてしまうのです。

何年もやっている者は上手に腰を使って余計な力を入れずに行いますので長くつくことができて息もあがりません。

年末に無事に餅をついて新年にお供えができる、有り難いことであります。

 
横田南嶺

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