寝る禅がいちばん
清水寺の貫首様が揮毫なさるのです。
清水寺の森清範貫首とはご縁をいただいているので、毎年関心をもって拝見しています。
今年はご存じの通り「熊」でありました。
たしかに熊の話題が多かったのです。
熊の被害でお亡くなりになる方もいらっしゃいました。
深刻な問題であると思います。
原因についてはいろいろ議論されているようです。
一概にどうこう言えるものではないと思います。
ただ私としては、人が減っていることが要因のひとつにあるのではないかと思っています。
森と里との境界に住んでいた人が少なくなると、当然境界があいまいになって熊が降りてくると考えられると思っているのです。
もっともそれだけではなく、いろんな問題も絡んでいると察します。
それぞれの住む世界があるはずだろうと思います。
そして熊が出るというと、猟師さんにお願いしているのです。
猟師の方々も高齢化しているようであります。
今の時代は、かたやAIの進化などが叫ばれますが、実際には熊がでると猟師にお願いするという昔からの営みと変わりありません。
これが現代だと思うのです。
最先端の科学と、昔から変わらないものとが同居していくのだと思っています。
人間もこの身体を持っている限りは、完全に機械に依存するわけには参りません。
身体性への着目は近年の私の課題であります。
いろんな機械のお世話にはなるのですが、やはりそのために目が悪くなり、姿勢が悪くなり、首や肩が凝る、腰が痛くなる、膝を痛める、こういう人間の体に関する患いはなくならないのです。
身体をよく維持するためには、姿勢と呼吸と食事や睡眠という毎日の暮らしが大事になってきます。
そうしますと、禅というのは姿勢と呼吸を正す教えであり、食事や生活をよく調える教えでありますので、大いに意義があると感じるのです。
今年を振り返っても身体のことは更に一層探求が深まりました。
イス坐禅は三年目になって、より一層進化したと思っています。
今年はイス坐禅の本も作りました。
ただその本を作った時よりも今は更に進化しているのです。
布薩の礼拝行も昨年から始めて好評であります。
礼拝の時の体の動きや呼吸も更に深まりました。
今年から始めたのが寝る禅であります。
いろいろやってきていますが、身体と呼吸と心を調えるという点では寝る禅がいちばんだと感じています。
もっとも結跏趺坐や正坐して心を調えるというのに勝るものはありません。
イス坐禅も寝る禅もよく坐れるようになるためのものであります。
寝る禅を年末にも開催していました。
第四回目であります。
まずなんといっても自分自身がもっともよく調いました。
上虚下実がこんなに実感できるものはありません。
身心の調い具合という点では寝る禅がいちばんだと感じます。
ただやはり寝る禅を行うのはかなりの広さの場所がいります。
ほどよい空調も必要です。
先日は二十名で行いました。
九十分かけてじっくりと体をほぐしてゆきます。
これで目指すのは上虚下実であり、骨盤の矯正と呼吸を調えることです。
上虚下実というのは、上半身の力みを抜いて下半身がどっしりと安定している状態のことです。
そのために仰向けになって寝転がります。
そして首からほぐしてゆきます。
首は曲げることと、ねじること、横に伸ばすことです。
それから肩をほぐします。
手を内旋したり外旋しながら肩甲骨を動かしてゆきます。
横向きになって肩まわしをします。
これが横になって肩まわしをすると、とてもよくまわります。
そしてテニスボールを使って、背中をほぐします。
それからお尻のまわりもほぐします。
更にお腹もテニスボールを使ってほぐしてゆきます。
そこまでで上体をほぐすことができます。
そのひとつひとつの動作ごとに腰を左右に振ってゆるめてゆくのです。
上体をほぐしたら、今度は下半身を充実させます。
まずは腹式呼吸の実践であります。
今回は皆さんにおみかんを配っておきましたので、蜜柑をおへその下あたりに置きます。
そして息を吸いながら蜜柑を天井に向かって持ち上げるようにお腹を膨らませて息を吸います。
そしてお腹を凹ませて息を吐きます。
これを数回繰り返します。
横になっておこなうととてもやりやすいのです。
蜜柑を置いたりして視覚でも分かるようにするとより分かりやすくなります。
そのように何回か行って今度は息を吐くときもお腹を膨らませたまま吐くようにします。
これで腹式呼吸がよくできるようになって丹田が充実します。
それから白隠禅師の内観の法からの応用をいたします。
膝を少し曲げて息を吐きながら、足で壁を押すように膝を伸ばしてゆきます。
これを繰り返すのです。
それぞれ右足、左足と行います。
そして両足を揃え、息を吸いながらお腹を膨らませて膝を曲げ、お腹を膨らませたまま息を吐きがら、足で壁を押すようにして伸ばすのです。
これを数回繰り返すと、とても下半身が充実するのです。
そのあとはすべて脱力してしばしあるがままの呼吸に任せます。
それまでお腹を膨らませてとか、たもったままとか、凹ませてといろいろやりますが、そのあとは全て手放します。
ただ自分の体に起こってくる呼吸にすべて委ねるのです。
これがまた至福の時です。
自分というものが溶けてたたみとひとつになってゆきます。
そうしてゆっくり時間をかけて起き上がります。
すると世界が変わって見えます。
足が大地を踏みしめてどっしりしています。
皆さんの姿勢がよくなり表情もよくなっているのが一目して分かります。
自分自身がとても充実するのです。
骨盤が矯正されていますので、腰が楽になります。
肩も楽になっているのです。
そのあと坐るととても坐りやすくなっているのです。
いろいろやってきましたが、この寝る禅がいちばんだと思います。
横田南嶺