体を楽しむ
丸二年を超えています。
毎月一回、個人で稽古をしてもらっています。
井上欣也さんのことは、甲野善紀先生からおうかがいしたのでした。
甲野先生さんに初めてお目にかかった時に、ご子息の甲野陽紀さんのことと井上欣也さんのことを高く評価されていることがよく分かりました。
そこで甲野陽紀さんには、修行道場に来ていただいて、修行僧達と共に講座を開いてもらってきました。
今までにいろんなことを教わってきました。
一動作一注意、大転子を置く、踵麓、肘裏などいろんなことを教わってそれが今の自分の坐禅や姿勢を作るのに役だっています。
近々甲野陽紀さんとの対談本も出ることになっています。
もうひとかた井上欣也さんには、ずっと個人で教わってきました。
これも大勢で学ぶのと違って私自身が今関心を持っていること、問題に思っていることなどもうかがうことができるので、有り難いのです。
それがこのたび、修行僧達から井上欣也さんに教わってみたいという強い要望がありました。
そこで修行僧達向けに講座を行ってもらったのでした。
二時間にわたりいろいろと教わって、そのあとお昼ご飯を食べながら懇談をするということにしました。
結果はみんなとても喜んでくれていました。
このようにして自分たちで学びたいと思って学ぶことは身につくものであります。
井上さんは、甲野善紀先生に長年教わっておられて、古武術の動きにとても詳しいのです。
それからヨガを龍村先生に習っていて、ヨガにも詳しいのであります。
それに独自の工夫を絶えずなさっていて、そのことがわたくしにとってもとても魅力なのです。
たんに古武術を習っているとか、ヨガをなさっているというのではなく、常にそれらの枠にとらわれずに、自分自身の体で新たに探求されているのです。
最近でも平伏のことや肘のことなども私も大いに参考になったものです。
その講座の日も井上さんをお迎えしようと玄関を出ると、颯爽と現れました。
足元をみると、素足に草履履きであります。
中に入って井上さんは今日もはだしなのですねと申し上げると、その前日に、箱根の旧街道をはだしで歩いてきたというのです。
今年の春に井上さんと共に金時山をはだしで登ったことを思い出しました。
その日の講座ではまず井上さんが、スポーツや運動における技術以前の「前提の身体」の重要性を説かれました。
今回は特に「骨」を意識した身体の使い方を学びました。
今までの筋力中心の考え方とは異なり、骨格構造に基づいた動きをすることで、身体の中心である丹田に力が集まり、部分的な負荷や力みがなくなり、軽やかで効率的な動きが可能になることができるのです。
骨については私も先日のイス坐禅で行ったところでありますが、また異なる方法であります。
まず片手をあげてみます。
もう一人の者が、その片手を下に引っ張るようにして体重を掛けると当然体は傾きぐらつきます。
ところが、骨の並びを整えてあげると全く力も入れずに、安定するのです。
なかなか文章では伝えにくいのですが、すっと難なくあげることができて、それにもう一人の者が依りかかっても微動だにしません。
それが力で踏ん張っているのではないのです。
骨が支えているという感じで力は全く必要ないのです。
それでいて丹田につながっているという感覚がはっきりします。
最初のワークで骨の大事さ、骨を中心にすれば余計な力みが抜けて丹田につながるということがみんなもれなく実感できたのでした。
これで皆の集中度も一気にあがりました。
最初のワークでなにかわかりにくいと感じてしまうと、あとはどうも積極的になりにくくなります。
それから正座してお辞儀をした姿勢から体を起こすことをしました。
それをもう一人の者が起こさないように上から両手でおさえるのです。
がんばって力で起きようとするとどうにか起き上がれますが、かなりの力が必要です。
ところが骨盤を後ろに回すようにして骨を動かしていくとスムーズに起き上がることができます。
あまり余計な力がいりません。
するすると起き上がれるのです。
それから正座した姿勢で、両肩を上から押さえてもらって立ち上がります。
これも力を入れればなんとか立ち上がれます。
かなりの力が必要です。
ところがこれが頭のてっぺんと両肩をポンポンと軽く叩くのです。
そうしてその三点に意識を向けて起き上がると、なんと力なくスッと立ち上がることができるのでした。
骨を軽く触れる、叩くだけでじゅうぶんだというのです。
私などは、先日のイス坐禅の講座で骨を取り上げたのですが、骨の構造の画像を示してひとつひとつの骨を丁寧になぞっていくという方法でしが、井上さんは、なんとポンポンと軽く触れるだけなのです。
こういう方法は井上さんが独自に考案されたものだというのでした。
ヨガにネコのポーズというのがあります。
これも行いました。
背骨を感じることができます。
一人が四つん這いになり、もう一人の者が、背中に乗ります。
それで背骨を反らしたり曲げたりします。
かなりの負荷がかかります。
ところが、もう一人の者が、四つん這いになっている人の手の位置を肩の真下に、そして膝を股関節の真下に矯正してあげます。
だいだい自分で肩の真下に手が来ていると思っていてもずれがあるものです。
わずかですがこれを調えてもらって、もう一度背中に乗ってもらうと実に楽なのです。
余計な力で踏ん張ることがなくなります。
しっかり骨が支えてくれるのです。
それで背骨を反らしたり曲げたりしているととてもよく伸びてほぐれていくのが感じられました。
そんな骨を中心にした講座を二時間行うと、とても体が調ったのでした。
いろんなワークを通して自分はこの骨の感覚、骨の位置でいいのだと納得していくと、体の信頼が結構増すのだと井上さんは仰いました。
体をいじめるように鍛えるというのではなく自分の体はこういう風に育っているのだ、自分の体はこういう風になっているのだと楽しみが増してくると言います。
そういうふうに使っていくと身体はすごく豊かになるとも仰っていました。
そのように身体に対して興味を持つような姿勢を持ってあげると、身体はどんどん変わっていくというのです。
逆に義務的になってしまうと、身体は硬直してしまいます。
頭で体をなんとかしようとするのではなく、身体で感じてみるということを大切にしていくと、身体はかなり育っていくと教えてくださいました。
少しでも自分の身体っていいなって思ってもらえれば、今回やった甲斐がありますと語ってくれました。
そして最後に「終わった後も自分の体をいろんな風に動かしたりしてみて、面白がって、こういう体を持っていられるというのは、あと50年とか60年しかないので、体についていろいろ知っていって、卒業していった方がいいかなと思います。ちょっとぜひ体を楽しんでください。」
と伝えてくださいました。
「体を楽しむ」という言葉が印象に残りました。
横田南嶺